№103. 自分でする「働き方改革」


「前川さんって、人生楽しんでるよね〜」と、マレーシアの仕事仲間の日本本社のボスが来たときに言われた。実はこのボス、昨年(2017)末に自社の東証第一部上場をやり遂げた超ヤリ手の社長だ。結果的に10年かかったというこの大仕事の後のご褒美旅行なのか、3度目にしてやっと余裕のある日程でのマレーシア出張だそうだ。私の事務所で面会後、早い時間帯からビールを飲みながら、あれこれと話すうちに「通勤時間が3分で、いつもジーパン&Tシャツでオフィスに行き、ランチ後は家で昼寝」とか、「読書や趣味のギター演奏が出来なくなる程は仕事を取りたくない」などと言ったからか、コイツはマレーシアの生暖かい風のなかで、随分ユッタリと人生エンジョイしてやがるな、との印象を与えてしまったようだ。まあ確かに「通勤は満員電車で2時間弱、お堅いスーツでランチは早飯」とか「休日出勤あたりまえで、趣味の時間があるなら睡眠不足を解消したい」なんていう生活をしているビジネスマンからみれば、私の生活リズムなどは、「ご隠居さん」同然なのかもしれない。子供3人を育て上げ、小さいながらも日本と海外で会社を経営し、たまに地元のパブでバンド演奏などしている人間は、はたから見ると「優雅な暮らし」とか「余裕の老後」みたな印象を持つかも知れないが、実際は真逆だ。子育ては成り行き任せでかろうじて終了、会社は常にタイトロープだし、たまのバンド演奏は絶好のストレス解消手段、というのが実態だ。人生そんなに楽じゃない。確かに人生楽しんでる部分も多いが、もし「とてもお気楽」に見えたら、それはきっとやせ我慢だ。自営業ってのは色々あって、ストレス溜まることも、気持ちが落ち込む時もけっこうある。とはいえ、今の仕事生活は、「自由でありたい!」を念頭に、都度自分で「こうしたい、ああしたい、あんな働き方は勘弁してほしい」と細かい改良を重ねた、自分流「働き方改革」の結果なのでまあまあ気に入っている。


今(2018年5月連休明け)、やっと、野党の皆様方の長い長い自主ゴールデンウイークも終わり、棚上げになっていた「働き方改革関連法案」の審議が再開されようとしている。厚労省の不適切な調査結果データをネタに、何でも反対野党の非生産的な議論で紛糾したかと思ったら、今度は財務省近畿財務局の森友決裁文書書き換え問題や事務次官のセクハラ問題で完全に国会空転状態になっていた。報道だけを頼りに、鬼の首を取ったように、何故か実行犯の省庁ではなく、政権を厳しく追求する野党議員の顔を見ていると、「なんでこんな人達に選挙で票を入れる人がいるのだろうか?」と、頭は疑問符でいっぱいになってくる。まして、海外の#MeTooムーブメントに便乗して、黒い服着て財務省に押しかけているオバサン議員や、その引率役なのか、場違いなナヨナヨ男性議員の妙に真剣な顔などを見ていると、「お前ら政治センス無いな〜」と哀れみさえ覚えてしまう。経済や安全保障だけでも死ぬほど働いてもらわなければならない国会議員が、大切な時間と歳費を使って、未だに魔女狩り的冤罪作りの探偵ゴッコに熱中している。「残業代ゼロ法案」などとレッテルを貼り、労働者の味方のような顔をして、ひたすら「安倍おろし」に勤しむ姿は愚かの一言だ。高プロ(高度プロフェッショナル制度)などは正直どうでも良いが、過剰労働、サービス残業、極端に低い日本の有給休暇取得率、ブラック企業対策、そして過労死、といった弱者が直面している問題こそが、法律で丁寧に規制すべき喫緊の課題ではないのか。テレビだけが情報源のいわゆる情報弱者のアンチ政権の人達だって、不当に働かされたいなんて誰も思わないから、最近の野党の行動には納得いかないことも多かろう。まあ、コトの優先順位もつけられない議員探偵団に、今更何を期待してもダメだ。要は「自分の身は自分で守る」しかない。これは、海外の人達にとっては当たり前のことだ。おそらく、日本以外では、長時間労働が原因で自死にまで追い込まれるなんてことは理解不能だろう。まあ、自殺までは行かなくても、日本では肉体的、精神的に疲弊している人が多いのは事実だ。そんな中、政治や世の中のトレンドが変わるのを待っていたら、流されるままの仕事人生で、気づけば赤いチャンチャンコはおろか、あっという間に後期高齢者だ。


チャンチャンコと言えば、私と同世代の仕事仲間(主にお客さん)は、そろそろ定年のタイミングだ。実績を買われて、それまでと同じ待遇で会社に残る人。新たなフィールドでチャレンジしたいとスパッと現職を退く人。現代の60歳は昔の45歳くらいの感覚だと言われているので、皆、「定年」という言葉の実感が湧かぬまま、現実に直面しているように感じる。かく言うわたしも、来年7月には一般社会の定年の年齢に達するが、自営業であるため、他の皆以上に実感はない。日頃、営業活動だけでなく、必要に迫られてシステム設計やプログラミングの実務などもやっていたり、休日にはフラリと事務所に来て経理や総務の仕事(オフィスの掃除まで。。。)をしている身だ。大きな会社で、若手に実務を取り上げられ、予算取りと決裁、そして役員への報告が主な仕事、といった人達とは身分も待遇もかなり違う。誤解を恐れずに言うと、良きにつけ悪しきにつけ、まだ会社では「戦力」なのだ。体力的にバリバリの若手と張り合うなんてことは、ハナから無理なはなしだが、微力ながら「戦力」であるからこそ「働き方」にはこだわりたいと思っている。以下に挙げる三つは、私自身が実践している「働き方改革」の三本の矢(笑)だ。大手企業に勤めるサラリーマン諸氏からすると、なんとも自由で我儘な仕事生活だと批判されそうだが、自分の人生は自分でアレンジしてこそ充実感を得られるものだ。というより、まあ、弱小企業だが、全責任を負って仕事してるんだから、自分の働き方くらい自由にさせてくれ、と言ったところだ。


[完全時間制]
約20年前にマレーシアに来てからのことだが、仕事はサッカーの試合のように時間で区切るようにしている。朝9時前から働いて夕方6時前には終了。以前は作業のキリの良いところまでやる野球型であったが、時間的目標を設定すれば、終了予定時刻には仕事を終えることが出来ると分かったので、多少の例外(趣味としての休日出勤:笑)はあるが、自然とサッカー型に切り替わってきた。絶対ではないにしても、終了時刻が決められているので、必然的に段取り重視になって来る。完璧以上の品質を求めるような場合は、都度時間を止めて熟慮可能な野球型の良さも捨てがたいが、日本国内のホワイトカラーの会議などは「段取り軽視の出たとこ勝負」のような場合が多い。日本国内だけではなく、マレーシアの日系企業でも、日本人が参加する会議などでは、定時以降までダラダラとやる場面がある。原因は準備不足がほとんどで、絶対的な終了予定時刻をセットし準備すれば、必ず時間内に終えることが可能な内容だ。サッカー型は、仕事の終了時刻が決まっているので、例外的「ロスタイム」が発生しなければ、毎日定時には帰宅可能だ。ただ、日本の会社では、毎日定時に堂々と「ではまた明日!」と帰宅するのは、何故だかけっこう勇気が要ることだ(これを「空気」と呼ぶのか?)。なので、会社側から「定時退社しましょう!」などと言葉だけの通達を出すより「毎日18:00には全館の電源が自動的に落とされます」とやった方が、働き方改革的にも、エネルギー資源的にも、経済効果的にも良いこと尽くめだ。時間はかかったがクールビズが定着できたように、政治家や企業の上層部が率先すれば出来ない話ではない。ブラック企業顔負けの長時間残業をしているマスコミや官僚に「働き方改革」なんて議論させていないで、民間企業がさっさとやってしまえば良いだけのことなんだけどね。


[仕事に楽な環境を整える]
毎日の仕事生活で、出来れば改善したいものと言えば「通勤」と「服装」だろう。 まずは「通勤」。私の場合は、吹けば飛ぶような企業であるが、オーナー経営者なので、その立場をフル活用して7年前に究極の「職住近接」を実現した。現在のオフィスは、自宅のドアを出て徒歩3分〜5分。ショッピングモールと住居とオフィスの一体型エリアなので、雨の日であっても傘も不要なのだ。生活と仕事に必要なものが「すべて」と言って良い程揃っている便利な場所なので、逆に運動不足にならぬよう注意が必要だ。日本に居た頃は、中央線や千代田線、そしてバスといった激混みのなかで通勤していた時期があり、正直、毎日死ぬほど嫌だった記憶がある。現在でも、東京出張の場合は電車を利用しなくても良い場所にホテルを取るか、満員電車の時間帯を避けるようにしている。運悪く満員電車を利用せざるを得ない場合などには、「皆、毎日、毎日、大変な労力を使って会社に行ってるのだな」と、今となっては他人事ながら、ため息をつくのである。次に「服装」だが、こちらは、その気になれば自社で簡単に楽になれるネタだ。マレーシアに会社を作るかなり前から(今から30年くらい前か?)日本側の法人では「私服OK」としていた(当然、現在マレーシア側も同じく私服OKである)。仕事をはじめた当時から、「何故、社内で仕様書やプログラムを作るだけなのに、毎日スーツ着てネクタイ締めてなきゃイケナイの??」と疑問に思っていた。その頃読んだ本に「100年後には、『以前、日本にはサラリーマンという奴隷制度があり、ネクタイというものを首に巻かれ働かされて居た』なんて言われているかも知れない」と書かれていた。それは自分にとっては目から鱗で、「我が意を得たり」とばかりに、頭に硬い当時の社長(父)を説き伏せて「服装自由化」と「フレックスタイム制」を勝ち取ったのだった。もちろん、お客様へ訪問するときのために、ロッカーにはスーツと革靴をキープしておくという「常識」は持ち合わせていたので、条件付きの「自由化」だが、その後、楽な服装で作業可能となったので、仕事の効率は著しくアップしたと思う。


[努力するが、無理をしない]
正直に言うが、自分は「ワークライフバランスのために、仕事量(受注)を調整しています」と言えるほどの身分ではない。だが、「全社員で体を壊すほど長時間仕事すれば、このプロジェクトはかなり儲かるよ!」と言われて、食指が動くかと言えば、そんなことはなく、逆に腰が引けてしまうだろう。また、「技術者を数十人集めて派遣に出してくれれば、安定収入を保証するよ」と言われても、あまり情熱が湧かない。何故か?、どちらの場合も、自分の意思や力量で長く続けることが難しそうだからだ。前者は直ぐ破綻しそうだし、後者は自分がこの世で貴重な時間を使ってやりたい仕事ではない。「派遣」が悪いという意味ではないが、顧客の「派遣切り」リスクや、派遣スタッフの労務管理などの心労を考えると、確かに固定的な収入は魅力だが、自分的には「無理をしている」と思ってしまうのだ。継続することが困難な「無理な仕事」は、自分へのダメージだけではなく、結果的に他者にも迷惑をかけてしまうので慎重にならざるを得ないのだ。 さて、話は変わって身近な話題だ。ここでクイズをひとつ。「昼食後、仕事中に襲って来る睡魔への対応はどれが妥当か??」 (1)コーヒー(カフェイン)を飲む、(2)両耳を引っ張る、(3)スマートフォンのブルーライトを浴びる。さて正解は?・・・・・どれも効果的らしい。でも、私の回答は違う。唯一の正解かどうかは分からないが、「寝る」がイチバンだと信じている。最近では日本でも仮眠タイムを許可する会社が出てきて、マスコミなどで取り上げられているが、なかなか合理的な発想で頼もしく感じている。スペインやベトナムでの午睡(シエスタ)も有名だが、私の場合は、集中力が持続する時間帯を長く確保するために、ランチタイムをかなり遅め(午後1時半)に設定し、自宅で昼食をとり、その後15分弱の午睡タイムとしている。オフィスでの仮眠より、自宅でリラックスした状態での短時間睡眠はリフレッシュ度も大きく。昼食前の集中タイムと比較するとやや短いが、定時まで就業時間を乗り切るには必須の習慣だ。経験的に分かってきたが、20分弱程度の短い睡眠はかなり効果があるが、それ以上になると体が怠くなり逆効果のようだ。まあ、毎日のことなので、昼食まで準備する配偶者等の負担は大きいし、自宅付近での勤め人の方以外には難しいと思うが、この自宅での「昼食→午睡」は超オススメだ。眠いのに無理をするより、スッキリして努力する方が断然効率的なのは言うまでもない。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


時間的、体力的、そして、精神的にもストレスが少ない仕事生活、どう、羨ましいでしょう?ただ、こういう仕事生活にも、大きな難点がある。殆どの場合、無理をしないで、休み休み仕事をしているような人は、大企業の幹部や高級官僚などにはなどなれない。いや、それどころか、どんなに小さくとも、組織と名のつく集団に属す限りは、「空気」に抗って自分の信じる通りに行動するのは勇気が必要だろう。毎月、決まった日に自分の銀行口座に給料が振り込まれるような、金銭的に安定した生活を送りたい人には「ストレスの少ない仕事環境」というのは、歳費をもらいながら長期に渡って仕事をサボれる野党議員にでもならぬ限り無理がある。つまりは、ストレスと引き換えに安定を手に入れているようなものなのだ。図抜けた才能や商才がある人はともかく、凡人には「楽して金銭的な満足感を得よう」なんて思っても無理なのだ。皆、理想は「お金がふんだんにあって、健康な体で、自由な時間が沢山あって、何かと充実した人生をおくりたい」だろうが、「自由でありたい!」を生きて行くうえでの最優先課題に据えたなら、そういう安直な考えは、人生の早い段階で捨てたほうがよい。何でもかんでも手に入れようと思っても、それは無理。「足るを知る」の心で、自分なりの豊かさを追求した方が良い。けして短くない仕事人生、どうアレンジするかも、要はトレードオフなんだから。まあ、コツコツとやるだけだ。


(№103. 自分でする「働き方改革」 おわり)


前のページ/目次へ戻る