№94. 坂の上の苦悶


今回のコラムは、ここ数年でマレーシアに進出して来た、ITサービス(コンピュータメーカーや流通系以外の所謂インターネット関連)の企業についてだ。 自分のことは完全に棚に上げて、批判を恐れず、且つ、在クアラルンプールIT企業の古株ヅラして”最近の若い奴らは”的に、ちょっと毒舌気味になるかもしれないが、私の知る限りでの実態を書いてみよう。 今(2016年前半)は、アジア通貨危機に近い状態なので、既に一時期のブームは去ったと思われるが、 この期に及んで、”未だ見ぬフロンティア”の幻想を追い求めて、マレーシアIT視察旅行などに来る”ボヤボヤした”経営者や投資家のためにも、ご当地肌感覚情報で淡い夢を打ち砕いてしまおう。


最初に結論を書くと、身も蓋もないが、”実質進出失敗”の会社がけっこう多い。 個別企業の具体的な内容(売上や利益など)は分からないが、狭い邦人社会でIT関係者達に直接聞くかぎり、総じて「いまだ苦戦中」だ。 それはそうだろう。 鳴り物入りで2014年9月にオープンした大手商社系のECサイトは、あっけなくローカル企業に売られてしまったし、EC大手の楽天も東南アジア3カ国のサイトを閉鎖した。 ちょっと前だが、日本のゲーム開発の会社(東証マザーズ)が、日系在馬企業を買収したかと思ったら、その1年後には整理のために億単位の特別損失を計上していた。 日本を代表するような上場企業ですら成功がおぼつかないのだ。 事業資金や人材に余裕のない中小が苦戦するのも頷ける。 ある上場企業の現地法人の商用サイトなどは、大きな投資をした手前、存続を賭けて苦しい営業を続けている。 しかし、日本本社の決算速報IRには「(連結不調の原因として)マレーシア社の減収」などと、名指しでなじられていて現地法人の立場は悪い。 事業閉鎖になり帰国命令がでると、駐在員のプール付きの優雅なマレーシア生活も、そこで”The End”だ。 もし、ブラック混じりの企業であれば、帰国後待っているのは、それこそ”針の筵”であろう。


前述のような大手の失敗原因は実に明快だ。 「市場ニーズを把握せず、過大な投資をしてしまった(以上!)」のワン・センテンスだ。 大方の経緯は次のような感じか? (1) 国内事業の先行きが不安のなか、「これからは激動のアジアだ!」などと煽る経済誌に影響された経営層が居る。 (2)「品質に優れた、日本の進んだサービスなら、必ず後進国の人達は飛びつく筈」と思い込む。 (3)「進出させてナンボ」のコンサルの調査・報告が、経営層の背中を押す。 このホップ、ステップ、ジャンプで、本来、大して魅力的でもないマーケットに幻想を抱き、そして数年後に挫折を味わうのだ。 ま、「サービスを現地企業に売却して撤退します!」となっても、資金力のある大手であれば「よい経験でした」とか言って”損切り”してしまえば良いのだろう。 しかし、「大手だから安心」と、少なからず居た顧客や利用者にとって、これは、ある意味”裏切り行為”である。 少なくとも、後始末が完全に終わらぬうちに「撤退後のことは知りません」ではマズイ。 もし、自動車メーカーなどがこれをやったら、日系企業への信頼感は完全に瓦解してしまうだろう。 最初から最後まで顧客のことは眼中にない、こういう姿勢ではビジネスが成功する筈もない。 前述の大手商社系のECサイトが、突然ローカル企業へ売却された事態などは、(内部事情は色々あったようだが)なるべくしてなった当然の結末に思えてしょうがない。


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さて、ここ数年に進出してきた中小IT企業はどうだろうか。 中小規模のIT企業の進出実態が表面化してきたのは2012年頃だが、ちょうどKLに日系のインキュベータ・オフィスが出来た頃と一致する。 こういうオフィスは、大きな資本投下は出来ないが、とりあえず”お試し的に”小さく開始したい企業には便利だ。 小さなコンパートメントから、10人規模の事務所まで、割高ではあるが通信や秘書機能がパッケージになっているので、 ソフトウェア開発企業であれば、それこそPC一台で海外現地法人の出来上がり、だ。 しかし、起業から数年経ち、現地価格にも慣れ、従業員が増えてくると、こういったオフィスは、面積あたりのコストがかなり高いので、割りが合わないことに気付く。 また、そのようなスタートアップ用のオフィスを長期間使っていると、「この会社は、当地で腰を据えてビジネスやる気がないのかな?」と潜在顧客に疑念を抱かせてしまう可能性も考慮要だ。 ただ、同じような規模の日系企業が沢山入っていて、ある種のコミュニティーも形成されているようなので、住み心地が良くなり”長居”する会社も多いようだ。


話を中小IT企業に戻そう。 「実態を書く」と言っても、さすがに私も、現在マレーシアで頑張ってる小さな会社の若い人達(知り合いも多い)をボロクソに書くなんてデリカシーのないことはしない。 たまに、基本的なビジネスルールも知らない若手にカチンと来たりすることもあるが、皆、同じ狭い日本人社会で生きている同業者達だ。 ライバルであり、協力者でもあり、年齢差はあっても友人達でもあるので、ここは努めて客観的にステレオタイプな会社の話にしてみよう。 以下は、特定の個人や企業を指しているワケではないので、たとえ思い当たるフシがあっても、勘違いしないようにして欲しい。


ホンモノの実業家や投資家はともかく「会社案内に海外拠点があるとカッコイイから」とか「これからは激動のアジアでしょ!」と、気分や思い込みで海外の会社をスタートさせたりする ”(自称)起業家”は、だいたい、次のような5段階のステージの1から4を辿る(5は極端な例)。 そして、結果的には、会社は残っているが、人はマレーシアから去っていく。 たとえ、別のよんどころない事情で去っていくにしても、創業者や、立ち上げ時のマネージャーの個性と人柄に心服し、お付き合いを始めた顧客達にとっては、とんだ肩透かしである。 残念だが、IT業界には、お客様に対して、簡単に"RESET"ボタンを押してしまう若い人達が多いと言わざるを得ない。


[安易な海外進出企業の辿る5つのステージ]

1.助走段階(希望に満ちた時期)
  1). 日本本社のサイトで、しきりに東南アジアの拠点が出来ることを強調する。
  2). なぜ、我々は東南アジア進出を決断したか、などとポジティブな理由付けに忙しい。
  3). 必ず「アセアン各国への展開を見据えて・・・」みたいな文言が踊る。
  4). FaceBookで創業者の視察ツアーが実況中継的に頻繁に更新される。
  5). ITの中心的テクノパークだと思い、Cyberjayaに"視察"に行ってしまう。

2.ビジネス開始段階(目立ちたがり屋の時期)
  1). おカネのある会社は、高級ホテルで記者発表のような真似をする。
  2). 地元のフリーペーパーなどを指し「xxxxに掲載されました!」と話題沸騰を演出する。
  3). 日本向けに、雇用した現地人(外国人)スタッフ達を紹介したがる。
  4). 派遣された現地駐在員のリア充アピールが始まる。
  5). 似たような情報がワンサカあるのに、現地の文化などを得意になって紹介してしまう。。。

3.伸び悩み段階(現実に直面する時期)
  1). 現地スタッフとの労働観の違いに愕然とする。
  2). 意地になって日本式マネージメントを強要したりしてしまう。
  3). 売上がゼロに近く、コストだけが発生する日々が続く。
  4). まとまった受注がない割に、営業で集めた名刺の数ばかりが増える。
  5). ニュースレターや提案書などを必死に作成するが、なかなか効果が見えてこない。

4.意欲減退段階(中小企業経営者の悲哀を実感する時期)
  1). 現地法人Webサイトの更新頻度が極端に落ちる。
  2). 異業種交流のような日本人の集まりに頼りだす。
  3). 運命共同体の筈だった現地スタッフ退職者第一号が出て凹む。
  4). 少額でも売上を確保すべく、ローカルと競合する安易な仕事に手を出す。
  5). 日本側から、現地駐在員のFaceBookの内容(優雅な私生活)にケチがつきはじめる。

5.こっそり退場(良くても低空飛行&縮小均衡)
  1). 地元紙や人材紹介会社への未払いの噂が立ち始める。
  2). 突然、日本からエライ人が会議のためマレーシアに来る。
  3). 現地法人Webサイトの最終更新日が去年のまま。。。
  4). 労働VISAの更新時期が事実上の撤退日と決まる。
  5). あの人は今?状態。悪い例では債務を踏み倒して帰国。。。


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上記、マレーシアに進出した中小IT企業に限らず、身につまされる人も多いはずだ。 しかし、もう海外進出してしまったのだから「若者はすぐ諦めるから」などと言わせないためにも、もう少し踏ん張って欲しい。 中小企業にも、中小企業なりの処方箋はある筈だ。 潤沢な資金を「勉強のため」と称して浪費出来る大きな会社は別として、弱小IT企業が、マレーシアで安定的に永く生き残るにはどうしたらよいか。 「入るを量りて出ずるを為す」は万国共通だが、以下は、私が自分なりに、マレーシアで起業してから17年間、常に実践していることだ。 決して「成功の秘訣」などではないが、当地で「少しでも長く働きたい」と思う人には、多少参考になるかも知れないので載せておこうと思う。 夢も希望もないことばかりだが、実態はこんなものなのだ。

1. "この国のマーケット規模"などとカッコつけず、自分で獲得できる顧客数をマーケット規模と考えよう。
2. MSCステータスなどを利用して、無闇に給料の高い外国(日本)人を増やさないようにしよう。
3. マレーシアだけでは食えない場合は、(強い通貨の)外国から仕事を持ってくることを考えよう。
4. インターンシップや海外指導員等、国(日本)の制度を有効活用しよう。
5. 趣旨が"お付き合い"なら、無理に各種団体(同業者会、他)には属さず、スポット参加だけにしよう。
6. 管理部門は継続性とコストを考慮して、極力アウトソーシングしよう。
7. 少額でも定期的に入ってくる収入(保守料、ライセンス料、等々)を大事にしよう。
8. ノウハウの継続性と人材採用費の圧縮のためにも、従業員の給与や残業代はケチらず支給しよう。
9. どうせバレるし、誠実さも疑われるので、見栄を張るのはやめよう。

・・・こんなところだ。

 

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今回のコラム、ちょっと悲観的過ぎたかも知れないが、収入の安定した日本の会社を退職して「世界の成長センターのアジアで独立して一旗上げよう!」などと、 ロクな調査もせずに、日経新聞や現地のコンサルタントを信じて、自分の運命を全てお任せしているような人達を見るのは正直辛い。 新聞記事なんて記者の主観だし、そして、コンサルタントは会社の体裁を整えてくれるかも知れないが、商売の成功を請け負っているワケではない。 もっと細かく言うと、”進出支援”を商売にしている日本人も"ピンキリ"で、素晴らしい方も居られるが、全てが"その道のプロ"と云うワケではない。 私の感覚でいえば、多くの進出支援業者は、依頼者(日本人)と現地業者との仲介役をアルバイトでやっているようなものだ。


ネガティヴなことばかり書いたが、私は今でも「海外進出は色々な困難が待ち構えているが、挑戦する価値のあるもの」だと思っている。 また、子供を海外で育てたことも、本当に良かったと思っている。 だからこそ、無責任な結果を生まないためにも、根拠のない幻想を抱いたりせず、地道で現実的な選択をし続けるのみである。 そして、自社の顧客のためにも、当地で長く頑張ろうではないか。

 

(№94. 坂の上の苦悶 おわり)


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