前回のコラム(No.94「坂の上の苦悶」)をアップしたあと、マレーシアで脱サラした昔からの友人から「コラムの内容、なにもIT企業に限った話ではないよね」とメッセージをもらった。 業種は違うが、彼自身、数年前に独立してから様々な苦労を味わった経験があり、当地でのビジネスの難しさは身をもって知っているので、そういう人から「同感だ!」と言われて、ちょっと安心した。 なんで安心したかと云うと、実は前回のコラムを出したあと、偶然かも知れないが「アジア進出に関して相談したい」、「ちょっと意見を聞きたい」との依頼がバタバタと来たのだ。 私自身、「あのコラム、事実とは云え、自分の周りの狭い範囲の話だし、内容もちょっとネガティヴ過ぎたかもな。。。」と、プチ反省をしていたからである。 これからアジア進出を計画している日本のIT企業も多く、それらの企業をサポートするコンサルタントも当地に増えつつある。 そんななか、当地のコンサル達から「我々のビジネスに、冷水を浴びせるようなことはしないでくれ!」との批判も予想される。 そして、なにより、私自身に「やる気のある若い芽を摘む、嫌味なオジさん」のレッテルを貼られてしまっては、今後のマレーシア生活にも支障をきたす。 そんなワケで、今回は、少しは前向きな内容にしないとイケナイと思っている次第である。 それも、口先だけの「前向き」ではダメだ。 もしマレーシア進出希望者から具体的な相談があり、且つ、その方々と意気投合出来れば、個人的に「一肌脱ぐ」ことも厭わないくらいでないと説得力がない。 ただ、「一肌脱ぐ」と云っても、協力対象は、あくまで ソフトウェア関連企業であり、資金や人材が豊富な大企業や、畑違いの業種ではムリなので、誤解なきように!
海外進出計画を持つ企業の担当者なら分かると思うが、マレーシアのような国に法人を立てること自体は、それほど難しいことではない。 お金を払って、日本人のいるコンサルティングファームに依頼すれば、日本語で必要な書類やサインを求められるので、それに従っていれば、あなたの現地法人は出来上がりだ。 ここでの注意点は、信用のおけるコンサルタント、現地に太いパイプを持つコンサルタントがいるところに依頼することだ。 ただ、日本人のいる有名なコンサルティングファームは、料金もそれなりに高いので、既に現地のコンサルタントを使っている日系企業などに紹介を頼むのも良い案だと思う。 さて、さしたる苦労もなく現地法人が設立されたとする。 この時点で、「やっと、憧れの海外法人を持てたぜ!」などと舞い上がって、「わが社のアセアン戦略」などを自社サイトにアップしてはイケナイ。 問題はその後だ。 事務所を借り、設備を調達し、人材を採用し、営業活動を開始し、売上を計上し、スタッフに給料を払い、消費税を計算し納め、年度末には決算を・・・要は日々のオペレーションだ。 まあ、極端に言えば「売上」以外は、すべてお金で解決できることでもある。 だからと言って、バラ色の将来を信じつつ、派手に資本金を食い潰していくワケにもいかない。 どんな会社にも資本金には限りがある。 売上ですべてを賄えるようになる迄は、諸経費は極力抑えたいというのが、規模の大小にかかわらず、民間企業共通の願いの筈である。 前回のコラムで書いたような撤退事例は、簡単に言えば「諸経費(ECサイトなどは商品仕入れ等もあるが)が売上で賄えなかった」からだ。 ならば、諸経費をミニマイズすれば良い。 日本での実績はどうあれ、ここはマーケット自体が異なるので、当地にポテンシャルな顧客も居ないスタートアップ直後の小規模企業が、売上に比較して大きなオペレーション経費を垂れ流すのはリスクが大きい。 とりあえずは、営業活動の成果が出るまでは、諸経費を可能な限り小さくして、努力期間を極力長くする。 そして、一定の期間(資本金次第)が過ぎても結果が出ない場合は・・・、冷たいことを言うようだが、傷が致命的になる前に、既存顧客対策を万全にしたうえで、意思決定(撤退)すべきである。 トライアル的に小さくスタートし、需要を見極めたうえで本格的に進出する。 これは、ある意味、スタートアップ時からのEXIT戦略でもある。 では、どう諸経費をミニマイズすれば良いのだろうか。 以下がそれである。 これらは、まったく大した内容ではないが、無駄遣いしないという意味で、私が「最初から知っていたら、得だったのにな」と後悔したことや、「偶然ながら、これはラッキーだった」と思うことなどだ。 舛添さんや田母神さんのように、公金や浄財を湯水のように使える立場は別格としても、普通の駐在員からみてもセコイ話ばかりかもしれない。 しかし、現在、実際にマレーシアで、早くビジネスを軌道に乗せようと、地を這うような営業をしている、新規参入組の面々には、理解して頂けると思っている。
[マレーシアビジネス、スタートアップ節約術]
[事務所/設備](じっくりオフィスを選びたかった)
日本と比較したら、割安感のある貸し事務所の費用であるが、自社のビジネスのサイズも不確かなうちから2年、3年の契約をすることはない。
賢い人たちは、スタートアップ時は、自宅を事務所にしたり、既存の同業者パートナーに机一つで間借りしたりして、経費を浮かせている。
ローカル社員を採用したり、企業から注文を受ける段階では「オフィスは自宅です」では無理があるので、「自宅組」はオフィスを構えることになるが、その点「間借り組」は、そのまま活動できるので利点がある。
場合によっては、LANや営業車両の共有も、少ない負担金で許されていたりする場合もあるので、
同業者パートナーとの相性が良ければ、かなり節約出来る筈である。
私の場合は、来マ当初は「自宅組」であったが、スタッフを雇う直前に、ローカルのインキュベーターオフィス(お隣さんは、当時、まだ小規模だったApple社と、上場企業の加賀電子)のような事務所を借り始めた。
オフィス機能はすべて整っているのだが、便利な反面やはりコストが安くなかった。
今思えば、現地の日本人達から、もう少し情報をもらい、出来ればパートナーを見つけて、最初のうちだけでも間借りさせてもらえば、もっとじっくりとオフィス探しも出来た筈だ。
[採用](人材は日本と同じだと思っていた)
日本企業的な感覚だと「まず管理部門をしっかり整えてから」などと考えそうだが、そもそも、スタートアップ時から管理部門の従業員を採用する必要があるのかをまず考えよう。
流動性の高い現地の事情(採用してもすぐ辞める)を考慮すると、スタートアップ時は仕事量も少ない筈なので、総務経理的な仕事はアウトソーシングで充分。
それより、なるべくビジネスのコアの部分(技術者や営業)の人材を固めたい。
人材採用にあったては、募集方法の選択(媒体によって応募者の特色があったり、媒体自体の評価も必要)、選定(真の力量判断)、定着度の見極め、等々、当地ならではの判断が重要である。
実際のところローカル応募者の履歴書は、日本人的に評価するとぶっちゃけ嘘ばかりだ。
その辺をしっかり見抜き、安定した自社の戦力になる人材を見つけないと、
会社に来てフェイスブックばかりやってる給料泥棒を雇うか、ジョブホッパーの穴埋め用採用費ばかりが嵩むことになる(人材紹介企業は儲かるが・・・)。
進出前の企業の人に会うと「良い人材を採用して、立派に育てます」と、おっしゃる方も多いが、立派に育って会社に長く寄与してくれるのは、30人に1人くらいだと思った方が精神衛生上楽だ。
私個人的には、試行錯誤、紆余曲折のうえ、この割合を4人に1人くらいにしたと自負している。
[営業](人脈ゼロだった)
営業という仕事は、企業で最も重要と言っても過言ではない。
なので、現地でビジネスをスタートする小規模企業の代表者は、必然的に営業担当者であると言える。
営業担当者はネットワーキングを重要視するので、コンサルタントの人脈などを頼り交流会などに参加するが、本当にポテンシャルな顧客リストが作成できるかは甚だ疑問である。
無意味とは言わないが、その手の会合の9割は単なる飲み会と言っても良いと思う。
それも自分と同じ目的の人が多い。。。
そんななか、ターゲットを絞り込むための材料を集めることがとても重要だ。
闇雲に「飲み会」に参加しても、友達と名刺は増えて嬉しいが、企業相手のITだと、なかなか成果はあがらない。
やはり、潜在顧客層のキーマン、情報処理管掌のマネージャー、または、最終意思決定者などに直接アクセスする場が欲しい。
とはいえ、売り込む製品やサービスの潜在的なニーズがなければ、これは如何ともしがたいことではある。
自社サイトの更新を2年も塩漬けにしている製造業の社長に「御社でもSEO対策、如何ですか?」などと売り込むのは、エスキモーに氷を売るより難しいかも知れない。
私の場合は、最初は日本からのオフショア開発でスタートしたので、当初は人脈など皆無で、「現地営業」という概念すらなかった。
ある時期、日本からの仕事が減り、現地企業からのプロジェクトも必要になったのだが、その時点では既に在マ歴も長くなっていたので、色々な意味で「現地営業」のハードルは低かったと思う。
知り合いは多かったが、ビジネスでのお付き合いは一切なかったのが良かったのかも知れない。
マレーシアをマーケットとして、最近進出して来た企業が、イキナリ慣れない場所で営業を開始しているのを見聞きするが、そのバイタリティには頭が下がる。
彼らにとっては「右も左も分からない状態」から「やっと見えてきた」になるまでの時間を、いかに短縮するかが鍵なのであろう。
ノウ・ハウ(Know how)よりノウ・フー(Know who)がポイントと云われるマレーシア社会。
「筋の良い人脈が、多くの無駄を省く」、日本人社会も"ノウ・フー"は重要だ。
[日々の事務処理](やるべきことすら分からなかった)
先にも触れたが、スタートアップ時、この分野は、リーズナブルなアウトソーシング先を確保し、そことのやりとり(インターフェース)を確立してしまえば、相手は専門家なので、ある程度受け身の姿勢でも大丈夫だ。
今は日本人経営の会計事務代行の法人も多いので、ほとんどの新規進出企業は、日本語が通じて、なんとなく安心感のある日系の会計事務所に依頼しようと思っているのではないだろうか。
しかし、問題はどうやってリーズナブルなアウトソーシング先を探し出すかだ。
単に価格比較だけであれば簡単だが、その法人が信用に足る仕事をしてきたのか、担当者が簡単に辞めてしまわぬか、こちらが受け身態勢でもしっかり諸事リマインドしてくれるか、等々、
こればっかりはお付き合いしてみないと分からない部分が多い。そうなると、やはり実績のあるアウトソーシング先を、実際に使っている会社に紹介してもらうしかない。
ちなみに我社のアウトソーシング先は、会計事務も監査もローカル経営の法人に依頼している。
細かい作業をする担当者(設立当初は日本人が居たが現在は居ない)は変化するが、なにかあった時に、私が直接コンタクトをとる相手は登記以来18年も変わっていない。
こちらからの支払いが早い(請求書がきたら翌日振込)こともあり、ローカル経営の法人にしては、何事もかなりのクイックアクションで対応してもらっている。
そして、価格もリーズナブルだ。以前、友人に依頼されて、彼の会社の会計事務の費用と比較してみたら、こちらの低価格さに驚かされほどだ。
マレーシアでは、こういった関係はなかなか珍しいことでなないかと、密かに誇りに思っている。
[物品調達](随分と高い買い物をしていた)
IT企業には、工場のように大きな設備や、金額の張る調達品はあまり必要ないとは思われるが、
たとえ小さなものでも、日本人価格や大企業価格ではなく、ローカル価格で購入し、無駄な出費を抑えることは、スタッフへの戒めとしても大切なことだ。
まして、IT企業として、自分達の知恵でいくらでも安く調達出来る、サーバやストレージ等の情報機器などは、単に価格だけの問題ではなく、ノウハウの蓄積といった意味でも工夫すべきだ。
知恵の入り込む余地のない物品に関しても、ローカルスタッフの人的ネットワークや、ネゴシエーション力によってかなり節約が出来る場合がある。
ただ、日本人にしか出来ない高品質なモノやサービスがあり、もしそれが必要であれば、喜んで私は購入する(当地ではメチャ高いが、質の良い純米酒を、私は毎週買っている。。。笑)。
が、誰から買ってもあまり変わらないようなモノやサービスは、極力コストをかけたくない。
逆に売る側に立った場合では、値切られて渋々安く売るようなサービスはしたくない(大手と比較すれば充分安いし・・・)。
単純に値切られた場合は「他社から相見積もりをとってください。そして、もっと安くて同等のサービスがあるのであれば、そちらでどうぞ!」なのだ。
同じ価値で、競争相手の価格が自社より安いのであれば、それは負け、速攻白旗が基本スタンスだ。
「同じものなら、なるべく安く買いたい」という気持ちはよく分かるからだ、本当に同じものなら。
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新しい会社を作るということは、原価計算の厳しい日々のプロジェクトなどと違って、新規の投資だからか、はたまた、現地事情に疎いだけなのか、どうしても御祝儀相場的に財布の紐が緩むらしい。 リサーチ、コンサル、視察旅費、設立費、初期投資、等々。 そういう、クライアントの初々しい期間を、商売にしている人達も多々知っているので、あまり大きな声では言えないが、 元クライアント側からは、「現地に馴染んだ今、振り返ると、あの時は、けっこう無駄金払ってたな・・・」なんてこともよく聞く話だ。 まあ、現地に馴染むまで生き残れて、設立当初を振り返ることが出来る人達は良いが、そうでない人達にとっては、結局、払った金すべて無駄金だ。 あとで臍を噛むことがないように、スタート時から気を引き締めて頑張ってくだされ。
[追伸]
今、本稿を読み返してみたが、けっして「やる気のある若い芽を摘む」ワケではないが、やはり「嫌味なオジさん」のそしりは免れない、かも知れないな。。。
(№95. エコノミー・アントレプレナー おわり)