№70. 会社に、ながく勤めるということ


マレーシアに来て、忘れてしまった感覚がいくつかある。 寒い朝に、布団からなかなか出られない、あの感覚。 満員電車で、他人と体を寄せ合って通勤した、あの感覚。 人々は皆、他人のことを気遣いながら生きている、と思っていた、あの感覚。 まだまだ、沢山あると思うが、忘れてしまったことさえも自覚がなかった、職場の人間関係の“安心感”に、今回、ふとしたことで気付かされた。


2010年12月、そろそろ忘年会シーズンに入ろうかといった時期、 お世話になっていた取引先の部長さんの“定年・ご苦労さん会”に招かれたのを契機として、東京出張に行って来た。 私のような、零細のイチ業者を呼んで頂けるだけでも光栄なのに、席次も主賓に近く、それなりのポジションの方々ともお話が出来た。 そして、参加者の大半は、何らかのカタチで、かなり以前から面識のある方々なので、あまり堅苦しい雰囲気でもなく、 色々な意味で、楽しい会であった。 主賓にとっては、社会人一年生から定年までの長い時間、苦楽を共にしてきた仲間達は、家族同然なのだろう。 同席した主賓の奥様も、参加者のことをよく知っているらしく、日本の“職縁社会”は、まだまだ健在なのだと、何故だか心からホッとしてしまったのだ。


この日の朝に、別件で、ご挨拶に訪問した重要顧客でも、新しく部門のトップに就任された方が、偶然にも、20数年前に面識のある方であった。 最初は、記憶違いかと思ったが、先方のお話とも辻褄が合う。 バリバリの若手有望株であった印象を、一瞬にして、立派な企業幹部に変更するのは、とても妙な気分であったが、これもまた、 ひたすら、愚直なまでに、同じフィールドで、事業を継続していたから味わえる、楽しい偶然であった。


マレーシアに戻り、上記の“ご苦労さん会”で同席した方の紹介で、久しぶりに訪れた、その会社のマレーシア現地法人でも、 「私は、かれこれ30年近くこの会社に居るわよ。色々、オファーもあるけど、同じ仕事するなら、ここがイイわ」 と、10年ぶりに再会した、女性マネージャがいっていた。 ローカル社員でも、幹部クラスになると、かなりの勤続年数の人がいるものだ。 刹那、刹那の損得勘定で、仕事を変えて行く者の多いマレーシアだが、「なにをやるにしても、こういう人達は、信頼出来るな!」 と、ちょっと嬉しい驚きであった。


同じ月に、立て続けに、似たような感慨を覚えたのは、何か理由でもあるのであろうか。 常に、スタッフのジョブ・ホッピング(転職)のリスクに怯えながら仕事をしている現状、 自分の深層心理に、何かがあるのは確かなところではあるが、 「やはり、長いこと同じ仲間で、仕事を継続するということは、結果的には、なかなか心地良いものだなぁ」 と、単純に癒されてしまったのだ。 これは、“転職こそステップアップ!”との考え方を信奉する、リクナビ・リピータ君達には、“ダサい”、“時代錯誤”としか思えないであろう。 「前川さんって、随分と保守的になっちゃったのね」と、思われるのは癪だけど、一時的かもしれないが、本当に癒されてしまったのだから仕様がない。 感じたことを、正直にいっているのだ。


こんな話を聞いた。 バンコクで小さな会社をやっている日本人社長の話だ。 頼まれて部下の社内結婚の仲人をやり、無事、感動的な結婚式も終わり、新婚旅行から帰って来たその日に、 二人揃ってライバル会社への転職を伝えられたらしい。 彼らを信頼し、且つ、一緒に働く仲間として、愛してさえもいた、この社長の落ち込み方は、想像に余りある。 海外在住歴が長く、この手のことには慣れている筈ではあるが、このシチュエーションでは、暫くは人間不信に陥ったであろう。 ライバル会社へ移る決心をした二人は、法律違反をしているわけでもないし、就業規則に反していることもない。 自由主義の国では、人間は自分の意思で、新しい職場を選ぶ権利があるし、ルールに従えば、退職する権利もある。 おそらく、あっけらかんとして、「二人で幸せになりマ~ス」みたいな感じなのであろう。 ここマレーシアも似たようなものだ。 タイの社長ほどの状況は稀としても、常に、従業員の1/3くらいは、不安定要素としてカウントしておかないと辛い目に遇うことになる。 そして、その不安定要素は、一旦表面化すると、次々と他者に伝播し、雪崩のようになってしまうので始末が悪い。


マレーシアで会社をやり出して12年弱、そんな精神的背景もあり、先の東京出張で、久々に肌で感じた“安心感”には、 思わず「これだよ、強かったニッポンのパワーの源泉は!」と、膝を打ってしまったのだ。


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先の東京出張の帰路、成田空港で慌ただしく、読み易そうな本を9冊も買った。 乗り込んだ機内で、離陸後水平飛行に入る前に、気絶するように3時間ほど爆睡したあと、買ったばかりの本を読みだした。 二冊目に読んだ『即戦力は3年もたない(樋口弘和著)』という新書は、元大企業の人事部出身者が著した、 なかなか“地に足がついた感”のある、納得出来る実用書であった。 著者は、直接的に主張してはいないが、ある意味、“即戦力”や“ステップアップ”を旗印に、無責任に転職を繰り返す者への注意喚起でもある。 私自身も、マレーシアでの経験上、常日頃から、本当の“自分の夢”と、単なる“隣の芝生”を誤解している人が、とても多いと感じていた。 いや、もっといえば、“現実逃避”を“自分の夢”とすり替えて、転職のイイワケにしている人が沢山いるとも思っている。 そして、“夢”と“計画”の区別が出来ない人も、残念ながらかなり多い。 仕事でプロになるには、やはり、それなりの時間が必要だ。 システム開発の業界でいえば、経験10年にも満たない若い技術者の名刺に、“コンサルタント”などと書かれていると、私は首を傾げてしまうが、偏見であろうか。 まして、二十歳代前半で“カリスマ○○”などと呼ばれて、有頂天になっている若い人をテレビで観たりすると、 「お宅の業界は、そんなに薄いんかい?」と、ツッコミを入れたくなってしまうのだ。 更に、年寄じみた断定的ないい方で、恐縮だが、 「ボクは、自分の好きなことだけやります」とか、「もっと楽に儲けたい」などといって、 確たる考えもなく、楽な方、楽な方へと逃げて行く無責任なジプシー君達に、明るい未来はないと、いってやりたい。 最後は、落ちるだけ堕ちて、働けるカラダをもちながら、国からの施しを受けつつ、「世の中が悪い!」などと愚痴るのが関の山だ。 なぜなら、マトモに働いている人なら、誰でも知っているが、本当に“好きなことをやる”ということは、親が資産家でもないかぎり、かなりの確率で“棘の道”だからだ。


「じゃあ、好きなことは諦めて、一生、同じ会社に人生を捧げることが美しいのか?」と、質問するアナタは、私のキャラを分かってない。 自慢にもならぬが、私の子供達は、私が資産家でないことを差し引いても、かなり“棘の道”を選択している。 長女は世界中を旅して周るパーマネント・トラベラーで、息子はジャズのベーシスト。 末娘は、未だ留学先のイギリスでホームシックから抜け出したばかりだが、上ふたりの影響は大きいと思われるので、 おそらく、田舎でも皆が知っているような、伝統ある老舗企業には、就職希望は出さないであろう。 親として、心配が無いと云えば嘘になるが、各自、自分の夢を追うことを、他者に迷惑をかけず、自分の責任を果たしつつやるぶんには、何も文句はない。 「好きな道に行くのだから、せいぜい、他者と違った苦労をしなさい!」と、いったところだ。


一方、東証1部上場の企業であっても、担保に差し入れた手形を取り立てに出されれば、サクっと倒産してしまう、このご時世。 同じ会社に長く勤めることも、まさかの時に転身が難しくなる、という意味では、ひとつのリスクである。 おそらく、大手企業で勤続年数の長い人達、特に、管理職になり実務をやらなくなってしまった年配者は、かなりの危機感を持っている筈だ。 賢い人ほど、自分の名刺から、現在の企業名が無くなったら、相手にしてくれる人が極端に減ることぐらいは、よく分かっている。 そして、認めたくはないだろうが、進んでリスクをとるフロンティア精神は、入社後数年で封印してしまっている筈だ。 現在の好条件を捨ててまで、冒険をする必要性も薄いし、成功確率も高くない、であれば、このまま大過なく、最低でも現状維持をキープ出来れば。。。 なんて、考えている人もけっこう多いと思う。 ただ、こういう考えの人は、社内でもバレバレでカッコ悪いし、今後の厳しい日本人雇用情勢では、肩叩きの候補になる確率大なので、結果的には、あまり賢い 生き方とは思えない。


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自分の好きなことを突き詰めることが“棘の道”なのは、自己責任という観点から致し方ない。 突き放すようだが、私の子供達も、それなりの覚悟を決めて、他者の何倍も努力してもらうしかない。 一方、多くの企業が、今後、外国人雇用を増やそうとしている現状では、冒頭にあげたような、職場の人間関係の“安心感”も、過去のものとなってゆくであろう。 “会社にながく勤めている”というモノサシも、残念だが、捨ててしまったほうが良さそうだ。 今までのように、会社という組織に身を捧げることも、安閑としていられないとなると、自己のアイデンティティを会社に頼り切っていた人達は、 何を“よりどころ”にしていけば良いのであろうか。 家族、趣味、ボランティア活動、政治参加、それとも宗教?、いやいや、長年、仕事一筋で生きてきた人間に、 「明日から変われ!」といったところで、実際問題、それは難しい話で、現実的とはいえない。 やはり、仕事人間にとっては、日々の仕事のなかで、意識を変え、コトの本質を見極め、努力し、そして本質的な成果を出すこと、 つまりは、顧客に評価(感謝)されることが、イチバンの“よりどころ”となりうる唯一の処方箋ではなかろうか。


『利益は内部にない』、『お客様本位へ』、『ことなかれ主義がジリ貧を招く』、『固定観念を棄てよ』と、著名な経営の神様の本に書いてある。 冷静な頭で考えると、全て、確かにそうだよなと、納得出来ることばかりだ。 しかし、今、アナタの働く会社で、それをストレートに実践することを想像すると、「ちょっと待てよ!」と、いいそうな顔が多々思い浮かぶことであろう。 それにしても、会社組織というヤツは、なんとも、ありとあらゆる無駄、無為なことを、そこで働く者に強要するものであろうか。 結果(ノルマや前年比)ありきの予算編成、 カタチばかりの値引き交渉、 合理性のない上層部指示への対応、 責任の所在を曖昧にする稟議制度、 意思決定出来ない上司と&それを待っている部下の時間、 ただ帰れない雰囲気だからやる残業、等々。 もちろん、これらを、100%意味がないなどと、過激なことはいわないが、 全て本質的なこと、絶対に必要なことだ、といい切る人とは、私は、あまり、お友達になりたくない。 「それゃ、前川さんの会社は小さいから、わからないのだよ」と、いわれてしまえば、思考停止、それまでのハナシだが、 巨大企業GMの総帥だったRobert C. Stempelの比喩が面白い。 『会社(組織)が小さかった頃は、ゴキブリが出たら、その場でみんなで叩き潰したが、会社が大きくなると、 ①ゴキブリとはどういう生物かを研究し調査する~②ゴキブリ退治の方法論を比較検討する~ ③ゴキブリ退治のための実行委員会を設ける、いう手順を踏む。 これらに時間をかけている間に、会社中ゴキブリだらけになってしまい、誰も退治することが不可能になる』・・・身近なところに転がってそうな話だ。


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新たな年(2011年)に向けて、柄にもなく、自分の仕事人生について考えてみた。 出来れば仕事は、冒頭にあげたような“安心感”のなかでやりたい。なので、皆に「同じ仕事するなら、この会社がイイ」といわせる努力をするしかない。 そして、コトの本質を見極め、それに対して努力し、成果を出すことを基本としたい。 ちょっとオーバーだが、引退するときには「男子の本懐を遂げた」と、いえるような仕事人生にしたい。 「いや~、現役時代は無駄なことやらされていたよな~」などと、ストレスの代償で家族を養ってきたとばかりに、自分を揶揄するような生き方は避けたい。 また、商売の原点に立ち戻り、口先だけではない、本当の意味での“顧客第一主義”を追求することが、本質を見極める感性を養うためには、 最も大切なことのような気がしている。


まあ、ゴキブリ君達にとっては災難だが、発見の都度、その場で会社のみんなが叩き潰すので、覚悟しておくように。



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コラムの話題とは、関係ないが、年末年始ということもあり2010年に読んだ本をリストアップしておこう。

【[恒例]2010年読書記録】(2011/1/1)

残念ながら、目標未達成。今年、現地営業を開始したせいか?
(はい、イイワケです・・・)

1.[爆笑問題の日本原論/爆笑問題]
2.[知らないと恥をかく世界の大問題/池上彰]
3.[天使と悪魔(中)/ダン・ブラウン]
4.[天使と悪魔(下)/ダン・ブラウン]
5.[国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて/佐藤優]
6.[闇の権力執行人/鈴木宗男] (再読)
7.[反省 私たちはなぜ失敗したのか?/鈴木宗男&佐藤優](再読)
8.[オヤジ・エイジ・ロックンロール/熊谷達也]
9.[インテリジェンス武器なき戦争/手島龍一&佐藤優](再読)
10.[龍の契り/服部真澄]
11.[勝つ日本/石原慎太郎・田原総一朗]
12.[クラウドの衝撃/城田真琴]
13.[あ~ぁ、楽天イーグルス /野村克也]
14.[花の下にて春死なむ/北村鴻]
15.[ほかならぬ人へ/白石一文]
16.[湖・毒・夢/夏樹静子]
17.[恋する音楽小説/阿川佐和子]
18.[戦場の黄色いタンポポ/橋田信介]
19.[ハゲタカⅡ(上)/真山仁]
20.[ハゲタカⅡ(下)/真山仁]
21.[生産管理のことがわかる本/田中一成]
22.[「連結」の経営/金児昭]
23.[密謀/藤原周平(上)]
24.[密謀/藤原周平(下)]
25.[大人げない大人になれ!/成毛眞]
26.[ポケットの中の宇宙/アニヨール・セルカン]
27.[ミッドナイト・イーグル/高嶋哲夫]
28.[死刑囚 永山則夫/佐木隆三]
29.[稼げる(超)ソーシャルフィルタリング/堀江貴文]
30.[沈黙/遠藤周作]
31.[天地明察/沖方丁]
32.[最新通信業界の動向とカラクリがよくわかる本/中野明]
33.[「在庫管理」の仕事がわかる本/成田守弘]
34.[ITロードマップ2010年版/野村総合研究所技術調査部]
35.[空山/帚木蓬生]
36.[クラウド大全/日経BP出版局編]
37.[インドのことが(マンガで)3時間でわかる本/関口真理 編]
38.[岡一之の半生記 わが人生の凍土渇度土/渡邉明彦]
39.[あなたもいままでの10倍速く本が読める/ポール・R・シーリィ]
40.[金閣寺/三島由紀夫]
41.[生きながら火に焼かれて/スアド]
42.[.Net開発テクノロジ入門/マイクロソフト株式会社エバンジェリストチーム著]
43.[アフリカポレポレ/岩合日出子]
44.[さよならバードランド/ビル・クロウ(村上春樹訳)]
45.[八甲田山死の彷徨/新田次郎]
46.[いまを生きる(Dead Poets Society)/ナンシー・H・クラインバウム]
47.[ジャコ・バストリアスの肖像/ビル・ミルコウスキー]
48.[読むだけですっきりわかる日本史/後藤武士]
49.[40歳から何をどう勉強するか/和田秀樹](再読)
50.[そうだったのか!現代史/池上彰]
51.[そうだったのか!現代史パート2/池上彰]
52.[わかりやすく<伝える>技術/池上彰]
53.[相手に「伝わる」話し方/池上彰]
54.[<わかりやすさ>の勉強法/池上彰]
55.[そうだったのか!日本現代史/池上彰]
56.[40歳から「脳」と「心」を活性化する/和田秀樹](再読)
57.[上司が「鬼」とならねば部下は動かず/染谷和巳](再読)
58.[心理学者が明かす「人を動かす」心理作戦/相川允]
59.[財務諸表を読む技術わかる技術/小宮一慶]
60.[倒産しない強い会社をつくるための社長の仕事/原田繁男](再読)
61.[手にとるように心理学がわかる本/渋谷昌三]
62.[コンピュータはなぜ動くか/矢沢久雄]
63.[残念な人の思考法/山崎将志]
64.[即戦力は3年もたない/樋口弘和]
65.[東大講義録 文明を説くⅠ/堺屋太一]
66.[東大講義録 文明を説くⅡ/堺屋太一]
67.[「また会いたい」と思わせる人の習慣術/日本心理パワー研究所]
68.[(新版)ドラッカーの実践経営哲学/望月護]
69.[ヤメ検/森功]


(№70. 会社に、ながく勤めるということ おわり)


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