2001/9/19現在、アメリカのメディア(CNN,CNBC等)は米同時多発テロのニュースを流し続けている。NHKの国際放送も事件発生から3日間くらいはテロ報道一色だったがその後は別の番組も放送するようになった。事件の詳細は度重なる報道で充分ご承知だと思うので繰り返さないが、「これが現実か?」と疑ってしまうほどの出来事であった。10年くらい前に一人でマンハッタンの57丁目からウォール街とかWTCツインビルのある地域を通り自由の女神へ行くフェリー乗り場迄一日がかりで歩いた事がありとても想い出深い地区なので悔しくてならない。事件翌日はKLでもツインタワーとIBMビルに“爆破予告電話”があり避難騒ぎになったが混乱に乗じたイタズラだったようだ。約一週間が経ち初期のショックからは少しは落ち着き出しはしたようだが、我社へも外務省からの“米国関連施設にはなるべく近づくな!”といった趣旨の通達が在マ日系企業の緊急連絡網でまわって来たり、バンド仲間のジャーナリストが取材先のインドネシアから急遽パキスタンに派遣されるなどといった事実を考えると事態は着実に悪い方(つまり戦争)へと向かっているようだ。
この事件、今後いろいろ解明されて来る筈だがどうも釈然としない気持ちを私は抱いている。一つは国防の中枢であるペンタゴンがあんな簡単に攻撃に晒されるものなのだろうかという単純な疑問である。失態なのかシナリオに無かった為なのか分からないが国防関係者にしてみれば相当屈辱的な事実だと思う。まして中東の関連機関とも連携している筈の諜報組織があれだけの大規模なテロを事前に察知出来なかったというのも信じ難い。もう一つは犯人像が簡単に想像出来てしまうことだ。ワールドトレードセンターに二機目の旅客機が突っ込んだ瞬間に誰もが「これは事故ではなくテロだ、そして犯人グループはイスラム原理主義者達では?」と直感的に思ったに違いない。やり方から見ても聖戦(ジハード)の為には自分の命さえ捨てることを厭わない人達の仕業と思うのが自然で事件後犯人探しが始まった当初から他のテロ事件で手配中の某氏に関わりの深い人達の犯行ではないかとメディアでも言っていた。
一方、中東では自国を防衛することにかけては世界一意識が高いのではないかと思われるイスラエルで自国兵士のパレスチナ人達への蛮行に対して徴兵を拒否する若者が増えているというニュースが配信されていた。このパレスチナ騒乱はイスラエルを支援するアメリカにとっても非常にイメージが良くない。また、アメリカ国内では景気減速に苦しむ産業界が何かブレイクスルーを求めている。こんな中アメリカには“アメリカを標的としてテロがあるかも知れない”という情報が入っていたらしい、福田官房長官も記者会見で認めていたので事実であろう。インターネットとテレビ以外の確かな情報ソースもなく妄想のような事をインターネット上に載せるつもりは無いが、何故か昔ある本で読んだ「アメリカは真珠湾奇襲を知っていた」といった説を思い出してしまったのである。“予期せぬ邪悪なテロ”に対して毅然と立ち向かい報復を加えるという“被害者”としてのアメリカの態度も理解は出来るが、確証の無いままの報復は再報復のテロを生み罪の無い一般の人を巻き込み新たな難民を作り出すだけだ。奇しくも「パールハーバー」という言葉がメディアでは使われていたが正に世界を撒きこんだ戦争に突入するキッカケとなるのではないかと、外国に暮らし子供を持つ親として真剣に心配している。
私の暮らすマレーシアは多民族国家なので全員イスラム教徒という訳ではないがパキスタンやアフガニスタンと同じイスラム教を信仰する国である。事件のあった週の土曜日に街の様子を見たくて国立モスク、イスラム美術館、旧国立モスクとイスラム関連の施設に行ってみた。大勢ではないが欧米人の姿もあり普段と何も変わらない雰囲気だったのでちょっと安心したが、途中乗ったタクシーでムスリム(イスラム教徒)の運転手とテロ事件の話をしているとき、私を日本人と確認したうえで「罪の無い人を殺すテロは憎むべきことだが、傲慢なアメリカに大きな一撃を加えた事実は非常に嬉しく思う!」と言って憚らなかった。この運転手の言うことがマレーシアのムスリムの意見を代表していると誤解されては困るが、どうやら客として乗せるアメリカ人に傲慢な奴が多く“アメリカ嫌い”になったらしい。次の日、知り合いのアメリカ人と会ったので事件のお見舞いを言うと「ニュージャージーにいる親戚は全員無事でビジネスへも直接影響はないのだが、アメリカ人は皆ナーバスになっているよ。」と言っていた。彼は石油関連の仕事をしているためか戦争になってしまう事を非常に心配していて、私が想像していた「テロリスト達を叩き潰せ!」的な発言はまったく聞かれなかった。アメリカ国民だって安易に報復を叫んでいる訳ではないということが分かって正直ホッとした。こういった冷静で知的な人は良いが一番困るのは「イスラム教徒=テロリスト」という安直な発想で愛国者を気取り理不尽な迫害を加える輩が居ることだ。何処の国にでもバカが居るのは自国を見れば良く分かるが、こういうのは放って置いてはいけない。これを書いている時点で3人が殺害されて米国内のモスクでは自警団が結成されたとの報道がされている。そんな事を急進的なムスリムが聞いたら激怒するに違いない、不必要な悪循環を絶つ為にも厳しく対処してほしいと思う。
日本人の場合も多くは普段あまりイスラム教徒と接する機会が少ない為、ちょっと特別な存在のような感覚があるのは良く理解出来る。確かにマレー系のムスリムを見慣れた目にも中東のムスリム達の映像はかなり違って映るし、目だけ露出した全身黒マントの集団とすれ違うときはやはり道を明けてしまう。メッカ巡礼の時期にクアラルンプール国際空港で見た光景はすごかった。出発ロビー中真っ白な服の軍団に埋め尽くされ皆中東方面へ向かう便を待っているようであった。家を出る前にアルコールや豚肉を口にしたばかりで古びたジーンズ姿の私は自分でもかなり汚れた存在だと思いながらその集団の中の椅子に腰掛けていた。理解不能な言語もあったが英語で話しているオジサン達の会話を読書に熱中している振りをして聞いていると、「俺は○×◇のモスクも行ったし、△※◎モスクも訪れたことがある」といった自慢話の応酬であった。その後暫く家族のことや他愛の無い世間話をしていたが、別の集団が大勢連れ立って空港内のお祈り室に移動して行くと、「俺達も行くか?」、「行こ行こ!」という感じで二階に上がって行ってしまった。最初彼等の団体を見た時は正直「ギョ」としたが、中で話し込む彼等の傍に居ると「普通の人達」だということが改めて分かるのである。だから私の中では「イスラム教徒=テロリスト」として迫害するなど今ではとても信じられない行為に思えるし、もし自分が「日本人=赤軍」などと思われていたりしたら非常に困ることになるだろう。
日本も今後、今回の事件に関連してイスラム国家ほど切実ではないにしても、同盟国としての資金援助要請から始まり人的貢献を要求され法の解釈も変えてズルズルとなし崩し的に戦争に参加して行くような事は考えられないだろうか?テレビの中だけで見る遠い国の出来事だと高をくくっていると近い将来必ずしっぺ返しが来るような気がする。日本は「ノー」と言うべき時はしっかりと「ノー!」と言うことが出来るのか?そこに我々の子供達の将来がかかっていると言っても言い過ぎではないと思う。最後に今回の事件で被害に遭われた方々やご家族(遺族とは言いません)の皆様には心よりお見舞い申し上げたい。
(№21.誤解されるイスラム教徒 おわり)