№15.タクシー・ドライバー


「タクシードライバー」などと書くと、昔東京中野の武蔵野館で観たロバート・デニーロの映画を思い出すが、今回は、観光客でも身近にローカルマレーシアンと接することの出来る、庶民の交通機関タクシーに関連する話をとりとめも無く書いてみたいと思う。


ここKLで、私が通常利用出来る移動手段は大きく分けて、自家用車、タクシー、バス、電車だ。 圧倒的に車社会であるKLでは、通常自家用車を持ってしまうと、殆どの人が全くと言ってよいほど他の乗り物は利用しなくなるのではないだろうか。 しかし、私の場合は、妻と小さな車をシェアしているので、子供の学校関連の用事で妻が車を使わないといけない時などは、他の交通手段も利用することがある。 その中でもタクシーは今もよく利用させてもらっている。 初乗りRm2(約60円)で、KLの端から端まで行ってもRm15(約450円)くらいなので、日本と比べると割安感もあり気軽に街角で拾うことが出来るのである。 しかしこのタクシー、安いことは良いのだが、非常に当たり外れが激しくて、運転手の人種や性格、それに車の整備具合によって気分が良くなったり不快感を味あわされたりすることがある。 まず街中でのタクシーの停め方からいこう。 日本のように「空車」のサインを掲げている車はあまりないので、タクシーが必要になった時点で、赤&白のタクシーカラーの車が近づいて来る度に手当たりしだい手をあげることになる。 “手のあげ方”だが、日本式の選手宣誓のような規律正しい方法とは違い、地面と水平か少し地面寄りに腕をのばし手首から先をパラパラと動かす省エネ型だ (余談だがバス停でバスを待っているときもこれをやらないと停まってくれないので要注意である)。 車中に複数の人影があれば手を下ろし次を捜す、ドライバー1人だった場合は手首のパラパラをちょっと強くする。 このとき客を乗せていなくても完全に無視される場合があるが、先は長い可能性もあるのでここで怒ってはいけない。 運がよければ左ウインカーを点滅させて近づいて来て停車する。 自動ドアではないので乗客が自分で助手席のドアを開け、乗り込む前に行先を告げる。 こちらの発音が悪く行先が聞き取れない場合などは“は~?”ってなもんである。 勿論愛想の良いドライバーもいるが、大概は“しょうがね~な~、乗せてってやるよ”と、言わんばかりの態度で頷く程度なのだ。 日本から旅行で来た人は、「なんて無愛想で失礼な奴」と、思うであろうが、地元では当たり前なことだし、まして初乗りたった60円なのだから、我慢して乗ってほしい。 助手席のシートに何も置かれてなければ出来るだけ地元風に助手席に座りメーターのボタンが押されるのをチェックしよう。旅行客だと分かるとRm5で行ける場所をRm35で請求された例もあるので用心することに越したことはない、お釣りに関しては誤魔化す奴もいれば“あげる”と言ってもきちんと小銭を戻してくる人いる。慣れてきたら暇潰しに助手席の前にあるドライバーの身分照明に貼ってある写真と実際に運転している人の顔を見比べてみると面白い、かなりの確率で全然似てないのである。ある休日に乗ったタクシーで絶対別人だと確信が持てたので「この写真どうみてもあんたじゃないだろ」と聞いてみた「あぁ、それは俺の叔父さんだよ、休日は俺がアルバイトで車貸してもらってんだ、本業はコンピュータの販売なんだ、名刺あげるよ」とドライバー。また、ある時ビジネス街だが交通の便が悪いアップタウンというところで拾った車は酷かった、中国系の70歳以上に見える爺さんで乗る前から「エアコン効かないけど...」と言われたが近い距離なのでOKと乗ったら飛ばす度にエンジン音がランダムに変わるはドアはロック出来ないはギアのチェンジレバーが90度ずれているは車検制度の無いこの国ならではのポンコツ車で生きた心地がしなかった。それにもましてチャイナタウンでつかまえた車のおじさんは完全にイカレたていた、独り言を呟き続けてるかと思うとはみ出し気味な歩行者や割り込んでくる車に突然警笛の嵐と罵声を浴びせ掛けまた独り言に戻ることを繰り返していた。カーブでは内輪差を無視して後方ドアの下の部分が植え込みの石に当っているのに気にもとめようとしないのには流石にたまげた。概して皆運転は乱暴だが時にはレーサ並のテクニックでギアチェンジの早い奴がいて「F1レーサみたいだな」と煽てたが最後冷や汗ものの街中レースに付き合わされたこともある。


人種別では中国系はダッシュボードに観音様の像が飾ってあったり「南無阿弥陀仏」とか窓に書いてあったり顔も日本人に近い東洋系なのですぐわかる。例のポンコツ爺さんやイカレオヤジのような人がいるのも中国系だが反対に時間に正確で愛想が良いひとたちも少なくない、私がKLIA(国際空港)に行くときはいつも乗せてもらっているTEOHさん(50歳前)は子沢山の働き者で値段も手頃で信用出来るドライバーだ。予約が重なってしまいどうしても自分の都合が付かない場合でも信頼出来る友人がバックアップしてくれるのは当たり前としても、万事遅れる事が常識のこの国で30分も前に来てスタンバイしている人も珍しい。我々の時間感覚や礼儀も熟知している商売上手が多いのも中国系の特徴だ。


日本から観光で来ている人に分かりづらいのはマレー系とインド系の違いではないかと思う。マレー系は何故かイスラミックな文字やデザインが印刷されたCD版をブラブラ運転席の脇に吊るしている人が多い、車内で聴いている音楽もロックでさえ甘ったるいムード歌謡のような曲ばかりで私はいつもコンデンスミルクでドロドロにしたこの国のコーヒー(コピ)や紅茶(テ・タリッ[ク]」)を思い出してしまうのだ。もし車内に象の頭のガネーシャ神やらシヴァ神が貼ってあり独特の香りがしていたらそれはインド系運転手だ、身分照明の氏名欄に“シン”(タイガージェットシンのシン)が付きターバンなどを巻いていればほぼシーク教徒に間違いない、その人に「インドのガンジーは偉大ですね」などと話し掛けても冷たくあしらわれるだけかも知れないので気を付けよう。インド系に限らず政治や宗教の話は気心許せる者同士でない限り止めた方がよい、ましてマレー人とインド人の区別もつかない人やマレーシア国内のセンシティブ(意味合い的には“民族や宗教の問題で触れるには細心の注意が必要な案件”)な部分に無知な人は深入りしないほうが良いだろう。ここで詳しく触れる訳にはいかないがちょっと前に(2001/3/8~3/11)かなり重大だと思われる事件(マレー系とインド系の衝突)が日本人の多く住む場所とそう遠くはない地域で起き5~6人の死者が出た。“民族紛争”という言葉を簡単に使用することは不適切かも知れないが要は「どちらかの葬式集団とどちらかの結婚式集団が出くわして小競り合いが発端になり大きな争いに発展してしまった」と言うのが当初の噂だったが事実ははっきり言ってよく分からない。その地域はあまり豊ではなく常日頃の(マジョリティのマレー系優遇に対するインド系の)鬱憤が爆発したのではないかという見方もある一方、反政府の陣営の策略のような見方もあるそうだ。(詳しくはこのサイトで!)KLでは日本人も多く日本製品も溢れているのでついつい日本で暮らしている時と同じ感覚で物事をみてしまい緊張感も薄くなってしまいがちだが、多民族国家の成功例であるこの国でさえキッカケさえあれば民族間紛争のようなものは簡単に広まる要素があるという事実は覚えておかなければならない。


とはいえ、タクシーに乗ってドライバーと話をしながら街を走るのは、自家用車だけの生活では味わえないローカルマレーシアンと触れ合いがあり、この国に興味のある人にとっては楽しいことだと思う。 つい先日も、前出のTEOHさんが空港に行く途中で、「今夜はF1のアトラクションでディープパープルが野外コンサートやってるから、時間まで2~3曲聴いていこう!」と、 言うので、時間的に余裕もあったので、寄り道することにした。 「ところでTEOHさんどんなバンドか知ってるの?」、 「知ってるさ、Smoke on the Water が若いとき流行っていたよ」などと話しながら空港近くの開場横に車を止めた。 ちょうどオープニング直前の音楽が鳴り止むGoodタイミングだったので、メンバー登場から2曲目までをスクリーン越しに見物することが出来た。 中学生の頃好きで良く聴いていたが、生演奏は始めてだった。 「こんな所で出会うなんて不思議なものだ」と、感慨に耽っている視線の先では、すっかりオジサンになり、こざっぱりとしたヘアスタイルで、ボーカルのイアン・ギランが「Woman from Tokyo」を歌っていた。


(№15.タクシー・ドライバー おわり)

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