№77. [魑魅魍魎]マレーシアリスク動物図鑑


ここ数年、マレーシアに進出し、業務を開始した日系サービス業(IT、流通、飲食店など)がとても多いように感じる。 そして、以前では考えられなかったが、日本の大手システム開発会社が、マレーシア地場の優良ソフト開発会社を買収するなどといったニュースも珍しくなくなって来たのだ。 私が移って来た14年前は、未だマレーシアといえば、当地から輸出するモノを作る製造業がメインとの印象であった。 しかしまあ、今では、人口減少で市場の縮小が避けられない日本を出て、今後の成長センターである東南アジアに活路を見出そうとするのは、自然な流れであろう。 先日「今年中にマレーシアで法人を立ち上げたい」という独立系IT企業の代表の方の訪問を受けたが、従来のようなオフショアの開発拠点ではなく、 完全に市場として位置付けられていたので「時代は変わったな」と実感させられてしまった。 ソニーやパナソニックなどが海外で苦戦しているいま「日本の技術と品質をもってすれば、少々値段が高くても、きっと売れる筈だ」などと言う人は、もう少ないと思うが、 中には、未だに東南アジアが未開地で「日本の製品なら二世代前のモデルでも売れるだろう」と感覚的に誤解している人も若干居るようで、これはこれで認識としてはちょっと危険だ。 更に意外なことではあるが、けっこう見落とされているのが「海外では日本の習慣や常識は通用しない」という基本的なことなのだ。 日本から面会に来てくれる人達と話をして気が付いたが、現地在住者にとっては至極当然であっても、日本でマレーシア進出を計画している人達にとっては「思ってもみなかったこと」が多々あるようなのだ。 今回は、そんな「意外と見落とされていること」をリストアップして、少しでもマレーシア進出を計画されている皆様のお役に立つようなことを書き、長い間更新していなかった罪滅ぼしとさせてもらおうと思う。


題して、[魑魅魍魎]マレーシアリスク動物図鑑。。。


[転職ヤドカリ]
去年マレーシアに進出してきた日系中堅IT企業の代表の方に、ご挨拶がてらおじゃましてお話をきいた。 「今年中にXX名採用して、その人達を育てた後、その人達をリーダーとして次にXXX名くらい採用して・・・(省略)」 このとき私は「ん?」と疑問に感じたが、あまりネガティブなことを言わない方が良いと思い「けっこう離職率が高いので大変ですよ」程度でお茶を濁しておいた。 ただ、本当は「そんな純日本的計画ではマズイですよ。かなり高い給料を出したとしても、育てた人材の9割は2-3年離職しますよ」と言いたかったのだ。 このコラム集でも、過去に散々離職率の高さで「心」と「財布」が傷ついた経験を書いているので、繰り返さないが、少なくともマレーシアとシンガポールでは同じ問題で悩んでいる企業は非常に多い。 新しいプロジェクトの打ち合わせで「一緒に頑張りましょう」と握手したばかりの先方のリーダーが、次の打ち合わせでは、「今月末退職です」なんて例はあまり驚くには当たらない。 厳しい競争のセールスの現場でも、上司から「何としてでも、もっと売上を上げろ!」などと強く迫られたりすれば、翌日には「辞めさせて頂きます」なのだ。 視点を変えれば、過労死する迄働くなどといったことがないのは素晴らしいし、ブラック企業に付き合うバカも居ないということでもある。 そんな状態なので、最近では、マレーシア進出希望の方々にも、あまりオブラートに包まず単刀直入に「現地の人は、ほぼ皆さん、ステップアップ転職を考えてますよ」と言うことにしている。 中には「全然知りませんでした、こりゃ、計画見直さないとな」と言ってくださる方も居たりして、少しは私の情報もお役に立っているのかと思うと、ちょっと嬉しくなったりもする。 他の人に情報を与えて喜んでいるだけでは能がないので、今では、私もちょっと賢くなり、IT技術者の離職率が高く困っている企業をターゲットに受注活動をしているような節もある。 ただ、そんな気持ちになれるほどの免疫が出来たのも、ここ数年の話ではある。 なんと言っても、スタッフが辞表持参で突然「辞めたい」と言ってくるのは、今でもイチバン辛いことだ。 やはり、マレーシアやシンガポール進出最大のリスクは、この「転職」にあると言っても過言ではないだろう。


[テヌキ狸]
手抜きをする人間はどこの国でも居る。 彼の国のインフラなどは大地震の度に、手抜き工事(おから工事)として露見する。 まあ、廃油からラー油を作ったり、廃棄段ボールを肉饅に化けさせることに比べれば 手抜き工事など、彼の国では「さもありなん」なのだろうが、被害に遭った人にとっては許せない問題だ。 では、マレーシアではどうであろう。 結論から言うと、手抜きと思われる部分は実に多い。 ただ、それは「日本人の目から見たら」という前置きが必要だ。 何につけても過剰品質、オーバースペックな日本から見ると、コンドミニアム各部屋の床が一斉に隆起したり、高級パブの天井から水漏れがしてたり、 購入した高価なPCを包む段ボールが凹んでたりすると「なんと低品質なんだろう」と思いたくもなることも分かる。 ただ、人間「慣れ」とは不思議なもので、以前は「嫌だな」と思ったことでも、今では「なんであのときそう思ったんだろ?」と自分でも不思議なくらい気にならなくなっているのだ。 なので、私は、慣れてしまえば気にならぬ程度の品質問題であれば、あまりその上を求めない。 しかし、この国には、好ましくない問題点もある。 それは、「改善意欲」に欠けている人がけっこういるのだ。 システム現状分析などで、工場勤務のワーカーさん達を相手にするとき「おいおい、もっと効率の良いやり方があるだろが!」と、ツッコミを入れたくなる場面が多々ある。 与えられたタスクを、教えられた手順を守りながら仕事していること自体は問題ないのだが、なぜ、もう少し自分の価値を高めるようなアプローチをしないのかと、哀しくなるときがある (けっこう回りクドく複雑な手順でも、しっかりと言われた通りやるが、もっと考えればシンプルに出来る筈、といったケースが多いのだ)。 これは仕事に対する手抜きというよりも、人生に対しての怠慢と言ってしまっては気の毒だろうか。 一応、この国の人達は自動車も作っているし、飛行機も飛ばしているし、都市も先進国並みに発達させているのだから、立派な人は沢山いるのだ。 マレーシアに進出してくる人達も「日本の先端技術を教えてやろう」などとエラそうな態度で来ると、負けてしまうことだって多々あるだろう。 しかし、上述したようなタイプの人達も多々居ることは念頭に置いておかぬと、要らぬストレスをガッツリ溜め込むことになるで要注意だ。


[払わんゾウ]
多くのビジネスパーソンは「売上を上げて、利益を出す」使命を負っている。 比較的ノホホンと働いている間接部門の人達(失礼!)だって、それらの支援をしていることになっている。 請求書を出せば、支払条件通りにお金が振り込まれる優良企業相手にビジネスをしている人達はこれでいい。 問題は、売上も上げたし、利益も出したが、カネが回収出来ないといったケースだ。 企業は、どんなに赤字を出そうとも、キャッシュフローさえ潤沢であれば倒れない。 逆に、どんなに黒字を計上していても、債権(つまりはカネ)の回収が出来なければ、今迄の苦労が水の泡、そして、勘定合って銭足らず、と大きな痛手となるのだ。 マレーシア進出を考える場合は、この「回収」という厄介な業務も、サラ金並みにしっかりと考えておいたほうが良い。 内部統制の行き届いたシステムを持つ大企業相手ならいざ知らず、金庫番のような担当者が支払権限を握っている相手先は要注意だ。 請求書が届いていない、記載に不備がある、合計金額が控えと一致しない、検収が遅れてる、担当者が転職した、等々、 支払いを遅らせる理由(というか、もう「言いがかり」や「難くせ」の領域だ)を見つけるのは天才的だ。 現地の人に聞いたが「経理の社員は、支払いを遅らせることが出来る人が優秀と評価される傾向にある」とのことだ。 「早めの支払いがモットー」の私としてみれば、この評価方法は間違っていると思う。 多くの場合、支払いは早いほど、相手にとっては即カネになるので、仕事も優先的にやってくれる。 どうせいつかは払うものなのに、こちらが支払い遅延常習犯だと、イザというときに自分の為にならないのである。 まあ、当地の人に言わせれば、「なんで来月で良いものを今月払う必要があるのか?」だろうが、こっちにも、それなりの考えがあってのことなのだ。 もうひとつ「カネ払い」の話題で、マレーシア進出予定企業に注意してほしいことがある。 これは現地調査を丹念にやれば分かることだが、マレーシアの人は「無料(タダ)」が大好きだ。 スーパーマーケットの試食、フリーのネットゲーム、化粧品の試供品、等々。 以前、会社のスタッフと一緒に東京出張した際、スタッフは、池袋の街頭で配られているポケットティッシュが無料なことに感動して、 何度も貰おうとしたのには手を焼いた。「こんな高そうなティシュをタダで配っている東京は凄い!」とのことだ(別に東京だけじゃないんだけど・・・)。 マーケティング的には「お試し無料」で惹き付けておいて、最終的には商品を購入してもらおうとの魂胆なのだろうが、 当地の人の論理は「無料だから素晴らしい」、「タダだからオイシイ」であり、殆どの場合「カネかかるんだったら要らないや」となってしまうのである。 なので「日本でウケているので、マレーシアでも絶対売れるぞ」という思い込みは、アイディアのうちに、慎重に現地調査で叩く必要があると思ったほうが良い。


[昇り竜コスト]
ここ数年、マレーシアの物価上昇率はかなり高い。 僅か3年間で50%も上がった日用品もあり、ホーカーズの飲み物なども「(日本語で)また値上げしたのかよ〜?!」と、思わず声を上げてしまうことがあるほどだ。 (これを書いている最中にも、税理士から値上げ申請が来た。。。) 絶対額では、全てにおいてバカ高いシンガポールと比較すると、マレーシアはまだ安いと言えるだろうが、物価の上昇に対応してか、最低賃金も上がるようだし、 低賃金労働者を多く抱える製造業の経営者達にとっては、特に大きな問題となっている。 日本では、政権与党と日銀のコンビで、インフレ誘導に忙しいが、マレーシアでは5月の総選挙後は、是非、新政府にデフレターゲットを設定してほしいぐらいだ。 ただ、日本からマレーシア進出を考えて居られる方に、勘違いしないで頂きたいのは、 「物価が上がっているから、我々の売値もオイシイ」というワケではないことだ。 理由は簡単、デフレ経済真っ只中とはいえ、日本で商売する際の「売り値」は、まだまだマレーシアと比較すると高いからだ。 逆に言うと、マレーシアでの「売り値」はかなり安いのだ。 「売り値」が安くても、ユニクロのように「世界同一賃金」を賢く運用すれば、マレーシアでも勝負は可能かも知れない。 が、しかし、ITで言えば、ひとりのエンジニアに、月額80万円だ100万円だと払ってくれる顧客がある日本から、わざわざ固定費の高い日本人をそのまま連れて来て、 マレーシアに市場を求めるのは、よほど大手のスポンサーがバックにでも居ない限り、リスク以外の何者でもないと断言出来る。 マレーシア進出後、サバイバルのカギのひとつは「(高コストの)日本人の人数を最小にすることである」と言ってしまったら、身も蓋もないが、 工場ワーカーを20人リストラするより、日本人マネージャーひとり帰国させた方が効果が出ることは、当の日本人マネージャーがイチバン分かってたりするものだ。


[蛇蝎(だかつ)パートナー]
サービス業、特に飲食店やエステサロンなどの進出には、日本人の自己資金だけではなく、現地パートナーの出資金が入っている場合が多い。 知らない土地でのビジネスには、やはり現地事情に詳しいパートナーは心強く、パートナーにとっては、その道のプロのウデは日本人相手の商売には欠かせない。 しかし、所詮はカネ儲け話でつながった異人種の間柄、良好な補完関係でビジネスが上手く行っている間は良いが、一旦関係がこじれ出すと、 現地人が全額出資のオーナーの場合と違い、上下関係が曖昧な分タチが悪く、我々日本人の心情的には、ヒジョーに美しくない泥仕合を演じてしまうのだ。 私の友人でもある飲食店(日本食)の店長の例だが、コトの経緯は良く知らないが、華人女性パートナーと、感情的な関係の悪化もあり、 とても繁盛していたにもかかわらず、たった一年ちょっとで店を閉めざるを得ない状況になってしまった。 すったもんだの末、閉店予定日が決まった後も、なぜか、飲食店には必須の冷蔵庫が壊れたり、南国には欠かせない空調が効かなくなったりと、 もし嫌がらせだとしたら、あまりに陰湿だと思われることが多発していた。 最後は、店長が売上金でもごまかすと思ったのか、店内数カ所の監視カメラで、自宅から従業員達を監視するまでになった。 常軌を逸した華人女性パートナーの行動に対して、流石に頭に来た店長は、ある夜、監視カメラの電源を切って対抗した。 ところが、翌早朝、何を血迷ったか華人女性パートナーは、突然店舗の鍵を変えてしまい、自分に忠実なインド人の使用人以外のスタッフをロックアウト。 それ以降、店長をはじめスタッフは出入り禁止となり、法的にはまったく根拠がないが、事実上即刻解雇を言い渡されてしまったのだ。 おそらく、華人女性パートナーは、この夜監視カメラが作動していないことに気付き「売上金を持ち逃げされるかも?」と思ったのだろう。 しかし、店長は、売上金のみならず、自分のPCや、外国では命の次に大切なパスポートまで店に置いたままだったという無防備さが微笑ましい。 この華人女性パートナー、日本語を喋り、「日本の心の美」を理解していると公言しているばかりでなく、日本人を顧客対象とする別の店の経営もしているのだ。 にもかかわらず、上記飲食店の日本人や、フィリピン人のスタッフの給料も払わず「訴えたければ訴えなさい!アナタ達はスタッフでもないし!」と、 自身が外国人スタッフに対して、雇用契約はおろか、正式なVISAも提供していない落ち度さえ利用して開き直っているのだ。 そして、それまで社宅としてあてがわれていたアパートを、3日後には立ち退かされ、途方に暮れた日本人スタッフが、電話やE-Mailでコンタクトしても完全無視。 たまたま、知り合いの店で日本人の友人達と食事しているという情報を掴み、直談判に行くも、速攻でポリスに「脅かされている、暴力をふるわれるかも知れない」と嘘の通報をしてしまうのだ。 挙げ句の果てには、事件かと騙されて集まって来たポリスを背にして「ここは私の国マレーシアよ、貴方達が何か出来るのならやってみなさい!」と、ものすごい形相で論理的でない啖呵を切るのだった。 菅原文太ではないが「誠意って何かね?」と問うてみたところで、この手の輩には通用しない。 そして、もし「相手も同じ人間でしょ、話せば分かるのでは?」と思っているとしたら、アナタは相当ナイーブだ。 因みに、この華人女性パートナーは、私の別の友人に対しても仕入代金を長期滞納していながら、上客ヅラをして完全に開き直っている。 こんな輩が今後も日本人相手に商売を継続出来るとしたら「日本の心の美」も嘗められたもんである。


(№77. [魑魅魍魎]マレーシアリスク動物図鑑 おわり)


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