№47.活字離れとホリエモン


若者を中心として『活字離れが止まらない』そうだ。 それを意識しているわけではないが、今年(2006年)の元旦も『この一年で本を100冊読む!』と誓いを立てた。 以前に書いたコラム(№44.『KL超私的読書事情』)のリベンジでもある。 それにしても月日の経つのははやいものでもう6月後半、早くも今年の前半を終了しようとしている。 今年は連休明けぐらいまでは忙しい日々が続いたが、『去年の轍を踏まぬように』と、一年間という全期間を睨んだペース配分で この“年間100冊読破マラソン(仮称)”を走っている最中だ(6/20現在51冊半)。 このチャレンジ、“ページ数には関係なく本100冊を一年で読破”という単純明快で且つちょっと理不尽な目標のためか、『とにかく冊数を稼がなければ!』という意識が先行して、分冊 されていない大作などを敬遠してしまう傾向が玉にキズだ。が、約6ヶ月弱で51%達成の実績を見る限り、私のように飽きっぽい者にも読書の習慣を根付かせるためには良い努力目標だと実感できる。 昨今叫ばれている“活字離れ”なんて、こういった単純な目標設定と読書実績によってポイントが増える特典付きマイレージカードのような“ご褒美”をセットにすれば歯止がかかるのではないかと考えてしまう私はやはり単純な人間なのだろうか。かくいう我家でも子供達はそれほど沢山本を読んでるとは言えない状態だ。 この“活字離れ”という現象、フリー百科事典[ウィキペディア(Wikipedia)]で調べてみると・・・ 【本や新聞といった活字媒体に対する関心が薄れ、実際にもそうした媒体を手にとって読む意欲や機会が減少している状況を指す。日本を始めとした先進各国において、知識欲の減退や学習意欲の喪失に伴って書籍を読む機会が減り、知識レベルが下がっている傾向が危惧されている。近年では活字のみならず、文字媒体の衰退も懸念されている。】・・・ とある。まあ、大まかな傾向としては、書籍を買って読むよりもテレビやDVD等の方が楽でエンターテイメント性も高いし、調べものだったらインターネットの方が便利。まして学校や仕事で疲れていて読書する意欲が湧いて来ない、といったところだろう。 反面マレーシアから日本をみると、あれだけ沢山の書店がひしめきあっていて且つ経営が成り立つほど本が売れている筈なのに『活字離れが止まらない』などと聞くと、 単なる供給過剰で売れないことへの言い訳なのではないかと疑ってしまう面もある。が、やはりこれだけ騒がれている以上あまり軽視するわけにもいかない。 今回のコラムは、昨年よりはじめた年間100冊読破マラソンを契機に活字離れ問題(主に読書)に無謀にも斬りこんでみようではないかと思う。


『短い会話でその人が本をよく読む人なのか、そうでない人なのかが分かってしまいます・・・』斎藤孝氏(「言葉に出して読みたい日本語」著者)があるテレビ番組で語っていた。 『ハーマン・メルヴィルの「白鯨」は当時の知識のデータベースなのです・・・』呉智英氏(評論家)が別の番組でうん蓄を披露していた。 国策としての活字離れ対策なのだろうか、読書を奨励する番組がNHKで多くなってきた気がする(「名作平積み大作戦」はなかなかイイね!)。 自分の子供達に対して『勉強しろ!』と言ったことが無い放任の私ですらも『どんな本でも良いので読書の習慣をつけておけよ!』とだけは事ある毎に言っている。 今は勉強が好きでも嫌いでも良いが、将来的に書物から知識や人生を学べる人とそうでない人には大きな差が出てくると考えているからだ。 まして藤原正彦センセイ(「国家の品格」著者)に怒られてしまいそうな日本語教育と英語教育のゴチャ混ぜ状態で育ててしまった我が家の子供達にとっては、 日本人としてのアイデンティティを保つためは書物に頼るしかないと思っているから切実な問題だ。 しかし、現状は知りたい情報はインターネットの方が確実に早く得られるし、小説よりDVD映画の方が簡単で豪華に楽しめる。そして何より書籍はけっして安価とは言えない。 このIT化の進んだ現代社会、活字離れ現象が進行するのも当然のような状況だが、明確にしておかなければならないのは、これが進むと一体何がマズイのかという[問題認識]と、どうすれゃ少しでも良い方向に流れを変えられるかという[具体策]である。ネット上の多くの議論では問題点(悪い部分)をあげつらうことに重点が置かれていて、その殆どは“嘆き(だからダメなんだ)”と“発言者の優越感(でも私は違う)”で終わってしまっているような気がする(活字離れを議論する人達は主に活字中毒なので無理もないが・・・)。 NHKが最近読書奨励番組を増やしているのも、解決できない社会問題を嘆く高尚な机上の空論より、即効性のある妙薬を探してみましょう、といった試みなのではないだろうか。以下は私なりの[問題認識]と[具体策]だ。


「読書は能動的な娯楽」と定義する人がいる。この“能動的”という言葉が全てを語っていると言ってもオーバーではない。 テレビや映画だって、先人の経験や考え方に接することも可能だし歴史、文化、世界観、宗教感、時代背景等々のお勉強もお手軽に出来る。ただし受動的にのみ、だ。 記憶は薄いが有名な演出家(?)が対談かなにかで「本をいっぱい読んでる人は、映画をいっぱい観ている人より手ごわい」と発言していたのを間接的に読んだことがある。 脳を筋肉と例えた学者が『脳(筋肉)を鍛えるには能動的に行う読書(運動)が不可欠』とも書いていた。 問題にぶつかった子供が前向きに試練を解決する要素として読書経験(能動的行為)の影響を指摘する人もいる。 そう、何かを得るためには自らが行動を起こさないと何も手に入れることができないと知ることが大切なのだ。活字離れ現象が進むと受身の人間が増えてしまうという危惧が危惧でなくなりつつあるのが大問題なのだ。(居ますよね、アナタの周りにも受身の人間が!) テレビや映画は思考がストップした状態でも観ていられるが、本はアナタが手に取りページを開いて読み出さないかぎり何も語ってくれない。 娯楽という位置付けでもあるのに読み手にアクションを強制する厄介者だ。しかしこの厄介者、一度ハードルを越えると色々な世界を魅せてくれる。 興味の対象外だったものに魅力を感じだしたり、自分の世界になかった新しい知識が舞い込んできたり、 極端な場合は人生をも変えてしまう邂逅もまたありだ。さあ、このハードル、我が子供達にはどうやって越えさせようか。。。


どうすれば活字離れに歯止めをかけられるか、どうすれば子供を本好きに育てられるか。ヒントは“拘置所内のホリエモンにある!”と言ったら笑われてしまうだろうか。 おそらく彼は逮捕される以前は忙し過ぎて読書に当てる時間が少なかったと思う。いや、それ以上に仕事や遊びそして多くの交友関係で毎日が刺激的過ぎて 「読みたい本は沢山あるが、ジックリ本を読んでいるなんて時間がモッタイナイ!」といった状態だったのではないだろうか。しかし、そんな華やか日々が突然プツンと絶たれ、 交友関係も酒もPCも携帯電話も仕事さえも全て取り上げられてしまった。日中の取調べが終わると粗食で腹を満たして寝るだけ。逮捕直後の混乱も収まってくるとポッカリ空いてしまった 無の時間に呆然とした筈だ。数千億の資産が日に日に目減りしていくのになすすべもない毎日。無駄に有り余る時間。普通の神経の持ち主なら耐えられないだろう。 もちろん普通の神経の持ち主ではないホリエモンはある意味凄い割り切り方をした。『どう足掻いてもはじまらん、ここはひとつ有り余る時間を利用して勉強してしまおう。裁判のこと、流行っていた長編小説、時間的に読めなかった中国の歴史。この試練も神様がくれたと思って前向きに対応しよう!』(全部想像だけどほぼ当たっていると思う) 彼が大量に本を差し入れさせて悉く読破していったのはご承知の通りだ。読みたかった本からはじまり興味の連鎖が起きて乱読状態になった筈だ。 元々知識欲は旺盛であったとは思うが逮捕後の逆境をうまく利用したものだと関心している。 (大量の読書だけでなく、体型までスリムになるというおまけ付きだった。)


強引だが、本が大切に読まれていた時代と捕まったホリエモンの置かれた状況は“娯楽の種類が限られている”という意味では一致している。別の角度から乱暴に言えば娯楽の選択肢の多さが活字離れを生んでいるともいえる。対象を自分のような普通の人間に当てはめて言えば、アホなテレビ番組こそが人間の「能動的な娯楽」を楽しむ機能を退化させている元凶と言い切りたい。 無駄で馬鹿らしいと自覚していてもダラダラ長時間眺めてしまう低俗番組こそが貴重な時間と行動意欲を奪ってしまう病原菌そのものだ。二十歳代の或る時期から相当期間私はそう考えてテレビを一旦捨てたことがあった(実際は友達に5,000円で売った)。「テレビを見ないとこんなに自由に使える時間があるんだ」と感動した記憶がある。そして、自然と本も読むようになった。しかし、子供が出来た後、たまたま地元の街を歩いていて電気屋のショーウインドでやっていたプロレスの続きが見たくて「今持ってきてくれるならこのテレビ買うよ!」と衝動買いしてしまった。(幼い長女に幼児番組をみせてやりたいという気持ちも少しあったが、直接の動機がいかにもマヌケだった・・・)以降マレーシアに来るまでテレビが生活に入ってきてしまい読書量も極端に減ってしまった。本当に観たい番組だけピックアップして観ることが出来れば何も問題は無いのだが、意思の弱い私には日本の民放局は刺激が多過ぎた。 マレーシアに来てからはNHKワールドくらいしか観る局がなくなってしまったために読書の習慣が復活してきたといったところが実情だ。人間自由な時間があれば何か娯楽を探すもの、そこに本があれば手に取るし、興味のある内容であれば読んでもみる。面白い本に当たれば興味の連鎖も起きて自然と活字を読むことも苦にならなくなるものだ。今思えば自らを“拘置所内のホリエモン状態”にすることが私の活字離れへの処方箋であった。


『活字離れは社会問題だ!』と言う人は多いが、話の半径を自らの家庭レベルに狭めると難しく考えることはない。 特に我が子相手であれば高所から読書の意義や効用を強調するのは(親の程度を知っているという意味でも)逆効果にしかならない。 とりあえずは馬鹿げたテレビ番組を捨てて興味の持てそうな本を身の回りに置いてやり、家庭で本を手に取りやすい環境をつくることだ。 次に、興味のツボをおさえた本を買い与えて“オモシロさ”に気付かせてあげること。こうして少しずつ“読書ファン”をつくっていくことが肝要だ。 欲を言えば親が読んだ本の楽しさや、読むことによって得た知識を自然に子供に語ってやることも大切だ。 子供は“本読め、本読め!”と言われるより“読まないと損だな”と思わすことの方がよっぽど効果的だろう、トムソーヤのペンキ塗りと同じロジックである。 最近は我子供達も少しずつ自分でペンキを塗りはじめているようだが、親が得意になって塗ってみせている間に親自身が狭い塀を塗り終えてしまっている感もアリだ。


さて最後に再びホリエモン。 国政選挙で落選、おまけに想定外の逮捕までされてしまったが、若い人達の間では絶大な人気を維持しているのも事実。 その影響力と拘置所内での“実績”を評価して、もし仮に裁判で有罪にでもなった日には、裁判官殿には是非とも実刑の代わりに彼にお国の為に若者に向かって“活字離れ対策啓蒙活動”をするよう課して欲しいものだ。人間広告塔の彼なら六本木ヒルズ~東京拘置所と仲のよいお友達でもある『聞いちゃった』のファンドマネージャーよりは遥かに良い仕事をしてくれること間違いなしだ。


【[恒例]2006年前半読書記録】

エラそうなこと書いてる割には、けっこうイージーな本が多い・・・

1.[ワイルド・スワン(上)/ユン チアン]
2.[ワイルド・スワン(中)/ユン チアン]
3.[ワイルド・スワン(下)/ユン チアン]
4.[イスラム世界がよくわかる本/岡倉徹志]
5.[鳩笛草 燔祭/朽ちてゆくまで/宮部みゆき]
6.[暗鬼/乃南アサ]
7.[蟲/坂東眞砂子]
8.[殺人者はオーロラを見た/西村京太郎]
9.[ザ・エクセレント・カンパニー・新燃ゆるとき/高杉良]
10.[さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/山田真哉]
11.[国家の品格/藤原正彦]
12.[下流社会/三浦展]
13.[無法のL/スー グラフトン]
14.[白昼の囚人/笹沢左保]
15.[震度ゼロ/横山秀夫]
16.[悪魔の種子/内田康夫]
17.[「萩原朔太郎」の亡霊/内田康夫]
18.[ウェブ進化論/梅田望夫]
19.[殺人株式会社/森村誠一]
20.[改訂版Java言語プログラミングレッスン(下)/結城浩](再読)
21.[殺しの四人―仕掛人・藤枝梅安〈1〉/池波正太郎]
22.[頭がいい人、悪い人の話し方/樋口裕一]
23.[グーグル完全活用本/創藝舎]
24.[拒否できない日本/関岡英之]
25.[生誕祭(上)/馳星周]
26.[生誕祭(下)/馳星周]
27.[裏と表/梁石日]
28.[西郷隆盛/池波正太郎]
29.[処刑の掟/大藪春彦]
30.[野獣標的/豊田行二]
31.[隠された牙/佐野洋]
32.[寝台特急あさかぜ1号殺人旅行/斉藤栄]
33.[恋愛さがし/ねじめ正一]
34.[蒼の病層/門田泰明]
35.[断罪/和久峻三]
36.[少年H(上巻)/妹尾河童]
37.[少年H(下巻)/妹尾河童]
38.[「弁護士アルカポネ」と呼ばれる男/和久峻三]
39.[復讐の時間割/和久峻三]
40.[ささやき/立原透耶]
41.[「ものわかりのいい上司」をやめると、部下は育つ!/守谷雄司]
42.[不撓不屈(上巻)/高杉良]
43.[不撓不屈(下巻)/高杉良]
44.[自民党幹事長 三百億のカネ、八百のポストを握る男/浅川博忠]
45.[第三の時効/横山秀夫]
46.[プリズム/貫井 徳郎]
47.[盲目のピアニスト/内田康夫]
48.[少年/ビートたけし](再読)
49.[恋愛映画/鎌田敏夫]
50.[ハッピー バースディ トゥ ユー/鎌田敏夫]
51.[ビジネスウラの裏の世界/リサーチ21]


【その後年内に読んだ本(2007年1月1日追記)】・・・最後は駆け込みだが、辛うじて目標達成。

52.[風葬の城/内田 康夫]
53.[平城山(ならやま)を越えた女/内田康夫]
54.[R.P.G./宮部みゆき]
55.[小説ザ・ゼネコン/高杉良]
56.[再生 続・金融腐蝕列島 (上)/高杉良]
57.[再生 続・金融腐蝕列島 (下)/高杉良]
58.[大地の子(1)/山崎豊子]
59.[大地の子(2)/山崎豊子]
60.[大地の子(3)/山崎豊子]
61.[大地の子(4)/山崎豊子]
62.[SEのフシギな職場 ダメ上司とダメ部下の陥りがちな罠28ヶ条/きたみりゅうじ]
63.[祖国とは国語/藤原正彦]
64.[「紅藍の女(くれないのひと)」殺人事件/内田康夫]
65.[不毛地帯(1)/山崎豊子]
66.[不毛地帯(2)/山崎豊子]
67.[不毛地帯(3)/山崎豊子]
68.[不毛地帯(4)/山崎豊子]
69.[二つの祖国(上)/山崎豊子]
70.[二つの祖国(中)/山崎豊子]
71.[二つの祖国(下)/山崎豊子]
72.[ストロボ/真保裕一]
73.[うずまき猫のみつけかた/村上春樹]
74.[ジャズ ここが聴きどころ/大和明]
75.[鐘/内田康夫]
76.[夜の河を渡れ/梁石日]
77.[忘れられない女/金賢姫]
78.[白い巨塔(1)/山崎豊子]
79.[白い巨塔(2)/山崎豊子]
80.[白い巨塔(3)/山崎豊子]
81.[白い巨塔(4)/山崎豊子]
82.[白い巨塔(5)/山崎豊子]
83.[菜の花の沖(1)/司馬遼太郎]
84.[会社を変える人の「味方のつくり方」/柴田昌治]
85.[若者はなぜ3年で辞めるのか?年功序列が奪う日本の未来/城繁幸]
86.[グーグル―Google既存のビジネスを破壊する/佐々木俊尚]
87.[グーグル・アマゾン化する社会/森健]
88.[煤煙/北方謙三]
89.[フェイク/楡修平]
90.[ぼんくら(上)/宮部みゆき]
91.[ぼんくら(下)/宮部みゆき]
92.[アジアン・ジャパニーズ1/小林紀晴]
93.[堪忍箱/宮部みゆき]
94.[蛇を踏む/川上弘美]
95.[インド旅行記〈1〉北インド編/中谷美紀]
96.[インド旅行記〈2〉南インド編/中谷美紀]
97.[インド旅行記〈3〉東・西インド編/中谷美紀]
98.[あかんべえ(上)/宮部みゆき]
99.[あかんべえ(下)/宮部みゆき]
100.[99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方/竹内薫]


(№47.活字離れとホリエモン おわり)

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