以前我社を一ヶ月間勤めただけで辞めたG君から電話が掛かって来た。外で家族と食事中だったのと私は彼をまったく信用していないので本来なら相手にしないところだが、元旦にうたた寝をしている時にも「ハッピーニューイヤーが言いたかったので...」と何か言いたげの電話があった。その時は眠くてしょうがなかったので素っ気無い返事で切ってしまったので今回は事情を聴いてやらねばさすがに失礼だと思い耳をかたむけた。「Maekawaさん、1月8日の火曜の夜は時間とれますか?実はスバンのシェラトンホテルで新しいビジネスモデルの発表会があるので来てほしいのです。」あまり乗り気はしなかったのだがその晩は暇だし何かビジネスに役立つ人脈でも出来ればと思い営業マン的な彼に乗せられて特に深く考えもせず「行くよ」と返事をしてしまった。電話を切ってから良く考えれば彼は以前Eコマースの分野で何かしたいようなことを言っていた記憶がある。しかし、ここマレーシアで彼のような経験の浅い者が日本で使えるようなアプリケーションを開発しているとは考えられないので、とりあえず行くだけ行きチラッと見た後にバンド仲間から教しえてもらった近くの美味しいインド料理店で食事でもしようと思い連れ合い(妻)を誘って行くことにした。
当日ホテルに行きロビーで迷っていると横から彼が満面の笑顔でやって来た。「Maekawaさん、来てくれてありがとう、さあどうぞこちらへ。」と彼は80人も入れば満員になりそうなプライベートパーティー会場のような部屋に私達二人を案内した。「正月は電話貰ったけどバンコクのホテルで寝てたんだ。素っ気無くて悪かったね。」と私。「イエとんでもない、そうそうゲイリー達は未だ会社に勤めてますか?」と彼。「ああ奴等も一緒にタイに行ってたんだよ。」、「そですか、私も会社に残っていれば行けたのに残念だったな~。」、「そうだよ彼は日本にも二回行ってるし、おまえは早く辞めて損したな。」とジョーク(本心だが)を言いながら入り口で名札代わりのシールを貰い人も疎らな会場へ入った。 彼の案内でOHPのすぐ傍の前から二列目に席を取った後、彼は一人の青年とその妻を私達夫婦に紹介した。「私の友人のビンセント夫妻です、ビンセントはアメリカでコンピュータの学位を取り新しいビジネスモデルを紹介する為にいろいろな所を飛び回っている非常に忙しい人なんです。今夜は彼がプレゼンテーションをしますので終わった後是非意見を聞かせてください。」続けて、そのビンセント氏が「今日日本人がいるとは素晴らしい、私は是非日本にもビジネスを広げたいと思っていたところです。発表はそんなに長い時間ではありませんから終わった後是非ディスカッションに参加して下さい。」この段階では有能そうなこの男とエスティシャンだというキュートな奥さんと知り合いになれたことは今後のマレーシアでのビジネスにもプラスになるのではという単純な思惑もあり「OK、では後で。」などと相槌を打っていた。今回はビジネスショウのようなブース見学方式を想像し連れ合いに説明していたのでプレゼンテーションと聞き彼女は帰りたそうだったが“これも英語ヒヤリングの勉強”と説得して諦めてもらった。紹介されたビンセント氏(本名は漢字のド中国名)なる人は確かにアメリカ人的早口英語を喋りヤフーの創業者のような風貌で切れ者技術系若手ビジネスパースンといった印象であった。話は横道に逸れるが多くのマレーシアンチャイニーズは彼のように本名とは他にイングリッシュネームを持っている。ネームと言っても単なる呼び名のようなモノで自分で勝手に好きな名前にしては使っているのである。以前ウチの会社で名刺をつくるときに「私はマークを止めてデズモンドにしたい!」と言って来た者がいてその辺の事情に詳しくなかった私は唖然とした記憶がある。よく聞いてみれば他の者も「私は以前○△□だったけど3年前から今の名前を使っています。」などと言っていた。一体、彼らは親からもらった名前を何と考えているのだろうか、日本人の私にはちょっと馴染めない習慣だ。
話を本題に戻そう。部屋に入って暫くすると何処から来たかかなりの人数が集まって来た。圧倒的に中国系が多いがインド系も少し居る。コンピュータソフト関連のプレゼンに集まる人としてはちょっと‘毛色’が違うので不思議な気がしたが、プレゼン開始までの予備知識としてOHPに映し出されたスクリーンを見て納得した。正確には覚えていないが『充実の人生』、『年収○□△への道』、『新しいサイドビジネス』、『在庫や資本が不要』、『手引書販売中』等々知っている人が見れば即ピンとくる。「なんだ、これってさ、ねずみ講なんじゃないか?」と私が言うと連れ合いは怪訝な顔をしたが彼女にとってはプレゼンを聴くという苦痛は大して違わないようであった。10分くらいして司会担当のようなちょび髭男が出てきてこれから紹介する人の言うことを聴けばあなた方の人生がバラ色になるがごとく前出のビンセントを紹介した。それは一時間強におよぶビンセント氏の独演会の始まりであった。
彼のプレゼンはOHPのスライドを指しながらジョークなども交え小気味よいテンポで始まった。「皆さんの夢はなんですか?、夢を実現する為にどうすけばよいか考えたことはありますか?」で始まり、お金、時間、仕事、健康等々皆が共通して関心のある話題で将来お金持ちになる単純な夢の世界へと引き込んでゆく。しかし、その後「ある調査では家のローンを組み定年まで勤め上げた人のx%は老後の生活費を心配しながら暮らしています。その上、y%以上の人が生活費にも困るありさまです。」と脅かすことも忘れてはいない。次はビジネスの話だ。フランチャイズビジネスの利点やディストリビューションの話題性をマクドナルドやDHLなどを例にとって展開して行く。「マクドナルドが世界的にビッグビジネスに成長したのは製品の良さではなく、ビジネスモデルの勝利なのです。あなたはビッグマックが最高の料理だと思いますか?」の問に私の後ろに座った“サクラ”が「ノー」と答える。「では質問です。この会場の中でマクドナルドに行ったことがある人はいますか?、いやいや行ったことの無い人いますか?」、シ~ン....。直接自社のシステムとは関係ないが説得力のある実例を聴く者に深く考える時間を与えず連発する手法は彼らのマニュアル通りなのであろうが、なかなかのものである。しかし、話が具体的な方法論(システム概要)になってくるとそろそろ“ねずみ講”の“ね”の字が見え隠れしてくる。詳細は記憶が薄いので省略するが、親が子を勧誘し初年は数百円の利益、子が増え二年目に数千円、子が孫を勧誘して三年目は数万円~五年後には年収の何倍なもなっているような夢の方程式が恐ろしいスピードで説明され信憑性を疑う隙も与えられない。「もっと詳しく知りたい人はマニュアルを購入して研修を受けてください。貴方方が自分のビジネスを持ち夢を実現することを期待しています。」彼は多くの有名企業が提携先だということを強調するだけ強調した後、やっとこの段階になり自社の名前を公表したのだった(仮に△○※□▽としておこう)。プレゼンの最後を飾るのは写真付きで成功者の実例紹介だ。「Aさんはトラック運転手でありながらこのサイドビジネスでご覧の豪邸を建てました。」、「Bさんは医者ですが、現在は引退して夫婦で世界一周の船旅中です」等々。この頃になると聴き手のほうも「私もこのサイドビジネスで夢を実現するのだ!」と目を輝かせている者と、私のように「嘘ばかり言ってんじゃね~よ、まったく!」(会場で日本語がわかる者が居ないので実際かなり失礼な言葉で連れ合いと話をしていた)とシラケ気味の二手に別れていると思い会場を見回すと、意外と皆真剣に聴いているのであった。
ビンセント氏の独演会が終わり司会のちょび髭が再登場してきた。彼は「これから、このビジネスに参加し着実に成功を納めつつある仲間達を紹介します。」と更に会が続くことを示唆した。そろそろ“ヒヤリングの練習”にもウンザリしていたので席を立とうかと思ったがG君も壇上に向かい何か発言するような雰囲気だったので「これを聴いてからでも遅くない」と思い留まった。幸い壇上に出た20人程の人達は職業と名前を言うだけの短い内容だった。登場した多数の“仲間達”は医者やIT関連企業等に勤める堅い職業が多く、いかにこのビジネスが信頼に値するかを印象付けようとしていることが分かるのであった。腹も減って来たし内容的にも我慢の限界だったので休憩時間に入った段階でディスカッションをする約束を反故にして抜け出すことにした。しかし黙って帰るとまたしつこく勧誘される恐れもある為、帰り際にG君を捕まえて「私は既に自分のビジネスを持っているし、このようなビジネスには全く興味は無いので悪いが私達はもう帰るよ!」とハッキリと言い渡しておいた。ホテルを出て予定していたインド料理屋に行こうかとも思ったが無性にビールを飲みたくなったので酒類を置いていないそこを諦め近くの日本式居酒屋に行くことにした。「Gの野郎、上手い事言って俺達をねずみ講の子供にしようとしてたんだな」、「一攫千金を狙ってるのだろうが人としての信用落とすだけなのに馬鹿な奴だ!」等々、刺身や厚焼き玉子をツマミに安いローカルビールを飲みながら、連れ合いとボロクソにG君等をこき下ろしてから家に帰った。
後でインターネットで調べた事だが彼らのやり口はこうらしい。(「悪徳商法」なるHPより抜粋)
①会うまでは△○※□▽と気づかせない
(理由:まずアポがとれなくなる、相手に心の準備をさせない)
②勧誘する時は1人づつ
(理由:2人一遍に納得する事はない。うまく行きかけても片一方がマイナスをいれる)
③目的は説得ではなく興味を持たせ会場に来る事を約束させる事
(理由:すぐ理解してくれるケースはまれな為)
④相手の意見は否定しない。肯定しつつ誘導すること
(理由:否定されて好印象を持ってくれる人はいない)
⑤決裂しても相手を責めない
(理由:悪い噂が広まると別の人までダメになる)
⑥勧誘は一発勝負くらいのつもりで。最低でも三ヶ月くらいは間を置く
(理由:しつこいと、それだけで印象が悪い)
日本でも電話で「絶対儲かりますよシャチョウ!」などと“美味しい話”を持ち掛けて来る輩は多いが、本当に美味しい話であれば他人に伝えるワケは無いし、誰でも簡単に儲かるような商売はこの世には100%存在し得ない。こんな話を私に持ってくるG君は日本人の私なら小金も持っているだろうしカモになると勘違いしているのか、“儲かる奴がいるということはカモにされている奴もいる”という世の中の原則を無視してマジでこんな商法が成功すると思っている馬鹿のどちらかである。
結果論だが、今回は連れ合いと二人で参加し、早い段階で“ねずみ講では?”と気付いて、はっきりと興味がないと断ったので妙な事にならずに済んだのだろうが、世の中にはこの会社絡みでの問題や被害報告(扱い商品自体が環境問題になっている例もあった)がかなり公表されているので興味のある方は調べてみると良いだろう。
『拝金主義』という言葉があるが“金の為なら何でもやる”風潮は世代を問わず益々悪化しているのではないかと思う。誰でもお金は沢山ほしいし金持ちになる権利はある。また、金を持っている者のパワーとそうでない者の違いを二十歳代の頃に経験として知ってしまった私としてはけっして『拝金主義』は悪いものだとは思わない。しかし、ちょっと心配になるのは「楽して儲けたい!」、「働かず金持ちになりたい!」とか「コツコツ働くのは馬鹿らしい」といった考え方をする人が増えていることだ。最近ベストセラーになった「金持ち父さん、貧乏父さん」という本も解釈によってはその流れのようだ。私は未だに金持ちでなく出来れば金持ちに成りたいと考える一般的な層の者だが、仮に誰かが私に莫大な遺産を残し相続して周囲に集まる人間が多くなったとしても、それは私自身の価値が高くなったワケではなく、「楽して儲けたい」と願う金目当てのハイエナ集団なのである。先のねずみ講説明会で集まる人間の‘毛色’が少し違うと直感的に感じたのは体から発散される胡散臭い欲望のようなものがあったからなのだと思う。その胡散臭さは年齢を重ねる毎に顔に現われ自分では気付かないがどこかガツガツとした価値の無い下品な風貌となっていくのだ。貧乏芸人から実力で大金持ちになったビートたけしが言っていた言葉を私は良く思い出す。彼曰く「貧乏な頃はフェラーリに乗れたら最高だと思ったが、手に入れてしまうと全く価値が無くなってしまった。今では金で困らない俺が思うことは、“ピアノやバイオリンが弾ける”ような努力して積み上げなければ出来ないものに憧れるんだ。」......お金なんて実はこんな程度のものかも知れない。
ちなみに、私はギターを普通の人よりかなり上手に弾ける。(笑)
(№25.ねずみ講 おわり)