№9.コピー天国


いったいこの国に知的所有権や著作権などという言葉が存在するのだろうか。政府による違法ソフトコピー撲滅キャンペーンにも拘らずここKL(クアラルンプール)の街中(特にチャイナタウン)では所謂“パチモン”の大洪水である。映画のVCD、音楽CD、日本製TVドラマのビデオテープ、TVゲーム、コンピュータソフトに至るまで電子的にコピー出来るものは“何でもござれ”である。


まずはVCD。映画のVCDと言っても日本の方には馴染みが薄いかと思うが要はDVDソフトみたいなものである。形状は音楽CDとまったく同じで内容は映像と音が入っている。再生機能がついたステレオなどをテレビに繋げば簡単にムービーソフトを再生できる仕組みである。再生装置は安いラジカセなどにも付いているので、日本では高価なイメージのあるDVDとは全然違いカセットテープレベルの庶民派エンターテイメントである。KLおよびKL近郊の場合、レストランやローカルコーヒーショップなどがあり、人が集まるところには必ずと言って良いほどこのVCD屋さんが店を出している。店といってもタタミ二畳くらいのテーブルに赤い布を敷き違法VCDを所狭しと並べただけの露店が殆どで、映画一作品につき8リンギット(230円~240円)くらいで売っている。さすがに日本語字幕が付いたものはあまり見かけないが封切り前の最新作でも何でも揃うほど品揃えは豊富だ。以前スターウォーズの封切りで日本やアメリカは大フィーバーだったとき、この国では違法VCDが先に出回ってしまった為に映画館に足を運ぶ人が少なかったと地元のニュースでやっていたほどだ。このVCD長い映画になるとCDが三枚にもなる場合があり非常にお得な気がするのだが、やはり違法コピーだけあり映像やサウンドは荒いものが多い。“安かろう悪かろう”の世界なのだが何故か街の露店は一向に無くなる気配がない。やはりあの安さと品揃えは魅力なのだろう。


キムタクと常盤貴子で一世を風靡したTVドラマ「ビューティフルライフ」もビデオで売っている。うちのスタッフがビデオ全7巻もっているというので、さぞかし高かっただろうと思って値段を聞いてみたらなんと一巻3リンギット(90円弱)だったそうだ。そのスタッフは、コピーものではなく正規のビデオだと言い張っていたが、日本のテレビ局から版権を買って付けられる値段じゃないし、その前に90円じゃまともなビデオテープは使えないだろう。試しに全7巻を借りて見てみたが映像が全体的に黄色っぽくて見れたものじゃなかった。主人公が歩道橋の上から「綺麗な夕日ね」とか言う場面で映し出される夕焼けがまっ黄色なのにはガッカリしたことを覚えている。結局私は映像と音の酷さに耐えられなくて第一巻しか見ていないのでこのドラマのストーリーは分からず終いになっている。


一方、コンピュータのソフトウェアコピー販売も“凄い”の一言に尽きる。「Windows 2000 Server」、「Office 2000」なんて一般に有名どころはあたりまえで、「イラストレータ」、「フォトショップ」などの購入するときにちょっと構えてしまうようなソフトも簡単に手に入る。開発者向けの「VB6」、「パワービルダー」、「デルファイ」はたまた「SQL Server 7」、「Oracle8 エンタープライズ」などという高価なソフトもVCDと同じような露店で売っている。コピー元のソフト市販価格が高くても安くても原価はコピー料とCD盤代なのであろう、殆どのソフトが値段にして35リンギット(約1000円)くらいである(勿論、値切れば安くなるが)。違法ソフトなので露店でのみ販売しているのであればなんとなく可愛げがあるが、“KLの秋葉原”と日本人が勝手に呼んでいるコンピュータショップが軒を連ねる「インビプラザ」というビルでは、堂々と普通の店舗でこれらのソフトを販売しているのには驚きだ。ルールも良識もあったもんじゃない。ついこの間(2000年夏)マイクロソフト社のビルゲイツ氏がマレーシアに来て国家プロジェクトのMSC(マルチメディアスーパーコリドー)を見学したときに、これら違法コピー問題についてインタビューされて「大分改善されたことに満足している」と社交辞令で答えていたが、流石のゲイツ氏もチャイナタウンやインビプラザには連れて行ってもらえなかったのではないか。まして、“世界には壁もフェンスもない、だから門(Gates)も窓(Windows)も必要ないのさ!”なんてポスターを見たらオラクルの会長は大喜びだろうが、冷静なゲイツ氏も顔を真っ赤にして怒るかもしれない。


いままで野放しに近い状態だったこの問題に政府が真剣に取り組み始めたことは確かに「改善された」と言えるかもしれない。しかし実体はお伝えしたような“半野放し状態”である。これらの違法コピーソフトは中国、ベトナム、インドネシア、マレーシアの何処かで大量に生産されているとの噂だが、かなりの大掛かりな組織的犯罪ではないかと思う。多大な投資が必要なことは明らかだが、もっと関心するのはマーケティング力と調達および販売網である。安い台湾製のハードに自社ロゴを貼り日本で買ってきたWindowsをコピーして「オリジナルブランドです!」などと言ってセット販売している一部の個人商店などとは比較にならない組織力である。これらはプロの仕事で絶対にアマチュアの出来ることでは無い。当局もアメリカなどからの“外圧”がある以上形式的に取り締まりは行うが、街のインターネットカフェや露店のあんちゃんを摘発してもたいして効果が無いことは十分承知しているのであろう。麻薬の売買よりリスクが少なく需要と供給は他人任せで限りなく広がってゆくこの商売、闇の経済だが東南アジアではかなりのボリュームになっているのではないかと思う。


(№9.コピー天国 おわり)

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