№4.KL食べ物事情


移り住む国や地域によって違いはあると思うが、海外生活で身近に違いを感じるもののひとつに料理がある。我々は余程の事情でもないかぎり毎日何かを食べて暮らしているので、その土地の料理が口に合うか合わないかによって暮らしの快適度が俄然変わってくることになる。マレーシアについて殆ど知識の無い日本の友人などは、毎日激辛カレーを食べていると思っているし、マレーシアに中国系の人間が居ることを知らない友人は毎日中華が食べられると言うと驚くことになる。まして、刺身、お好み焼き、豚骨ラーメンが食べられる、などと言うと全く信じてもらえないのではないか。今回の「アジア暮らし秘話」は一般的在マ日本人(つまり私のような人!?)のマレーシアにおける食事事情をとりあげ、日本に居るマレーシア音痴の友人達の誤解を解いてみたいと思う。


KLで生活している私のまわりにはどんな料理が存在するのかを説明しておこう。ただし、これは料理専門書的にマレーシアで食べられる料理を網羅するという意味ではなく、私が日常生活で接している料理の話なので、極めて狭い範囲且つチープなものなので過信は禁物である。マレーシアの料理は大別するとマレー料理、中国料理、インド料理の各民族毎に分けられる。また、民族間の融和により異文化が混じりあって出来た料理も多民族国家マレーシアならではの特徴ある料理であろう。その他の外国料理も値段は多少高めであるが食べることが出来る。【マレー料理】マレー系の人は殆どがイスラム教徒のため豚肉は口にしない、肉だけではなく豚からとった油や豚を調理した厨房もご法度であるらしい。これに関してはかなり厳格に扱われていて、どこのスーパーマーケットでもノンハラル(ハラルはイスラム教徒が口に出来る食品で、ノンハラルは口にしてはいけない食品のこと)コーナーは別の一角に仕切られマレー人以外の人種が肉を切ったり計ったりして売っているのである。そんな理由でマレー料理には豚肉は入っていない。しかし豚肉がなくてもチキンを中心としたその他の肉、魚、野菜を香辛料とココナツミルクで味付けしたマレー料理は非常に美味である。他にはマレー風焼き鳥のサテー、シンプル朝飯ナシレマ(ック)などが有名である。しかし私個人的にはお昼にマレー風ミックスライスは食べても、夜マレー料理を食べに行く事はほとんど無い、理由は簡単、酒が置いてないからである。因みに豚とならんでアルコールもムスリムにとっては口にしてはイケナイものなのである。地元で発行されているパノーラという日本語紙でケーキ職人が「お菓子作りにアルコールが使えないので工夫が大変...」と書いてあったくらいなのでアルコールに関してもかなり厳しいのではないかと思う。【中国料理】については説明の必要はないと思う、フカヒレや北京ダックなどの高級料理はもちろん、飲茶(ディムサム)、粥、麺類など非常に品数も豊富である。マレーシア独特のものでは豚の骨付き肉を薬膳スープで煮込んだバクテー(骨肉茶)やチキンの煮汁で炊いたご飯とそのチキンを数種類のタレを付けながら食べる海南鶏飯(チキンライス)、福建省出身者がつくる麺のホッケンミー、きし麺のような形で米から作られたクヤティオ、日本のおでんとほぼ同じヨンタオフーなどが私の定番である。【インド料理】の店も多い、日本でも有名なナンやタンドリーチキンをはじめナンとクレープの中間のようなロティチャナイ、チャパティ、ムルタバ、各種カレー等々コンデンスミルクでこってり甘い紅茶を飲みながら食べるのが私は好きである。【民族間融和料理】ではマラッカなどで古くから地元に住んでいたマレー系住民と中国から来た移民の結婚等で生まれたニョニャ料理などが代表である。私は普段あまりニョニャ料理を口にすることは無いが、以前観光でKLに来た時やマラッカにドライブしたときに食べたニョニャ料理は辛過ぎずココナツミルクが効いたやさしい味でとても親しみやすかったことを覚えている。【その他外国料理】は東京ほどではないにしてもタイ、イタリア、韓国、日本等々かなりの種類のレストランがある。特に日本料理店の数はちょっと多すぎるのではないかと思うほどある。寿司屋、焼肉屋はもちろん、炉辺焼き、お好み焼き屋、ラーメン屋、回転寿司等々値段は高いが日本と同じような食生活をすることも可能である。在住者の中での唯一の不満は吉野家の牛丼が食べられないことくらいである。


ここまで書けばマレーシアでも世界中の料理が食べられることがお分かり頂けたと思う。B級ローカルフードであればボリューム万点で且つ値段はお手頃(と言うより日本人にとっては激安)とまさに天国である。さて、そんな食べ物天国で一般的在マ日本人は常日頃どんな食生活をしているのか興味をもたれる方もいるであろう。こればかりは好みの問題なので詳細は人それぞれだが、地元の日本人達を観察していると傾向として三つのタイプに分けられると思う。【ローカル食中心タイプ】この手の人達は経済的な理由で割安なローカルフードを食べているバックパッカー的節約型と、「わざわざ高い金を払ってまで日本食を食べなくたって、地元で美味しいものがいっぱいあるのに」という地元順応型が共存しているように思われる。どちらにも共通している点はローカルフードがそれなりに好きであり、且つ、払ったお金以上に美味しいものでなければ満足出来ない性質だということであろう。マレーシアでは首都のKLでさえかなりの安さで美味しいものが食べられる。昼食などは飲み物を含めても日本円で180円もあれば充分に満足出来る。日本人駐在員が日本レートの給料をもらって、このタイプの生活をしたら相当大金を残すことが出来るのではないか。【臨機応変併用タイプ】これは家族ぐるみでマレーシアに在住している方々に結構多いと思う。家では伊勢丹やジャスコなどのスーパーで売られている日本食品を使い、ごはんに味噌汁そして納豆などと日本とまったく同じスタイルの食事をする。会社のある日はオフィスのビルにあるフードコートで皿に盛ったパラパラご飯に好きなおかずを乗っけて食べるミックスライスやカレーそして麺類などのローカルフードを食べ、休日は家族で中華レストランやイタリアレストランなど豪華な食事をする。そして日本に出張で帰国できない家族の為に半年に一回くらい豪華ホテルの日本食レストランで特上握り寿司などを食べさせて欲求不満の解消に努めるのである。お金は少しかかるが日本では滅多に入れないようなレストランに毎週行ったって「結構安かったな」ってなもんである。【日本食一辺倒タイプ】ローカルフードは食べ飽きてしまい日本食しか食べない人達もいるがそういった人達はこの範疇から除外する。ここでは、東南アジアなど来たくなかったのに会社の都合で渋々赴任してきた人達などに多い日本信仰者のことをいう。とにかく清潔無菌状態の日本以外は信じられない人達で、汚い屋台やローカルコーヒーショップ(ちょっとイメージが違うが屋台村みたいな感じの食堂)では食べたくないし食べられない、外食と言えば小奇麗な日本食レストラン一辺倒で地元の料理店など見向きもしないのである。せっかく食べ物天国マレーシア在住という良いチャンスなのに、美味い地元料理が“汚い”という偏見で食べられないのは非常に勿体無いことだと私は思う。確かにローカルコーヒーショップや屋台は衛生的には見えないかも知れない、しかし、日本のおでん屋台や祭りのタコ焼きなども同じようなものではないか。単純に東南アジアは「汚い」、日本は「清潔」という先入観がそう思わせているのではないだろうか。衛生的に過敏になった結果アトピーが増えてしまったという事実が笑えない現実である。また、自分の味覚で経験したことの無いものを“マズイ”と言うのもこのタイプの人達に多い。自己防衛本能から来るのだろうが未知の味を美味しくないと断定する感性が哀しいところだ。未熟なまま老成し他人の価値観を否定する現代っ子のようで哀れみさえ覚える。たかがB級ローカルフードのことだが、料理というのは長い年月をかけて培われてきたその土地の貴重な文化であり、“食べる”ということは“生きる”という言葉に等しく大切な行為でもある。それを「汚い」、「マズイ」とかの一言で毛嫌いされると、好きこのんでこの地に来てローカルフードを愛している者としては、ついつい反論したくなるのである。私の娘が日本人学校(小学2年)に転入して一月くらいの時、授業でローカルフードやフルーツを食べたことがあるかアンケートがあったらしいのだが、当時在マ数ヶ月の娘はほとんど食べた事があるのに対し在マ暦の長い子供でも全然食べたことの無い子供が居て驚いたことがある。理由を娘が聞いたら。「だって汚いところで食べたことがないんだもん。」だそうだ。「美味しいのにねぇ~。パパ」と言う娘を頼もしいと見るかちょっと複雑な気もするが...。


(№4.KL食べ物事情 おわり)

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