№114. e-Invoice 狂想曲


このコラムを読み終わったら、マレーシアの「e-Invoice」制度への対応・準備方法が見えてくる筈です!


マレーシア政府が来年(2024年)から順次導入を決定した「e-Invoice」(電子適格請求書)という制度が、今(2023年11月)現在一部で熱い話題となっている。 かく言う私も「10年に一度のビジネスチャンス!」と周りの人達にふれ回り、他社を巻き込む活動をしたり、自社では対応するシステムをフライング先行開発したり、個人的にはかなり熱くなっている状態だ。 ちょうど今、人生100年時代、ひとつのことを深化させるだけの「I型人材」でなく、視野の広さや選択肢を多く持つ「T型人材」になるべく模索していた。 このタイミングで降ってきたこの「e-Invoice」という「お題」、この複雑で且つ、マレーシアに存在するほぼ全ての団体が強制的に対応を迫られる制度を利用し、 ただ単にシステムを構築してお客様に納めるだけでなく、発案、企画、プレゼン、説得、調整などを通して、異なる業種の人達と交流しながら、新たなスキルも開拓しようと心に決めたのだ。 今迄の慎ましやかな仕事人生を振り返ると、節目節目で新しい「お題」が降って湧いたように現れて、それに注力することでピンチから脱せたり、新技術をゲットしたり、海外に法人を作ることが出来たりと、日頃の努力不足がチャラになるような幸運な偶然が多少なりともあった。 ただ、天の神様が与えてくれる「幸運な偶然」をいつまでも期待するワケにはいかない。今回の案件は「最後の天啓」と位置付けて、深掘りしてみようと思っているところだ。


きっかけはオフィス機器販売会社所属の営業担当者の訪問だった。 メールでウチの事務所への訪問打診があり、名前からは男性か女性か、もちろん年齢も不明であったが、私は「営業第一線で顧客を訪問している人達の情報は貴重」との判断でアポを快諾した。 数日後事務所に現れたのは、私の末娘より若い女性の新人営業担当者だった。 最初は、その博覧強記な読書好きと、プロを目指した楽器演奏家だと言うことで、年齢差は親子以上だが、意外にも共通の趣味で会話は弾んだ。 その後、製品紹介の段となり「この製品はマレーシアの"e-Invoice"にも対応しているサービスです」との説明を受け俄然興味を持ったところまでは良かった。 だが、聴き進むうちに、製品自体は素晴らしいのだが、製品本来の目的から外れて無理矢理"e-Invoice"に関連付けて売るような目論見が見え隠れしてきた。 諸々詳しく問いただした後、業界の先輩の立場もあるので「この提案はちょっと無理があるし、売れたら売れたで問題になるよ」と、結果的には完全ダメ出しをしたのだった。 もちろん、その女性新人営業担当者が、ダメ出しを食らって落ち込んだりメゲたりするような人間ではないとの判断は、それまでの会話で充分承知のうえでのことだ。 面会を終えて彼女が去った後に、たった今ダメ出しした提案ドキュメントを眺めていて、ふと気付いた。 「あれっ!かなり難易度は高いが、各社の既存システムと"e-Invoice"の仲介役のような仕組みをつくれば、マレーシア国内の会社が全部潜在顧客じゃないか!」と。 嬉しい閃きに悦に入る反面「なんでこんな単純なことに気づかなかったのか。。。」と、客観視すれば情けない話でもある。 まあ、未来の自分が「天から”お題”が降ってきた瞬間」として、このときを振り返ることになれば結果オーライだ。


「e-Invoice」について超ザックリ説明しておこう。 1センテンスで言うと「マレーシアの会社(厳密にはもう少しワイド)の請求書を全て政府が運用するコンピューターシステム経由でやりとりする仕組み」だ。 買い手は政府の提供するシステムに請求書情報を入力し、それを政府のシステムがチェックして問題なければ承認する。 売り手は承認された請求書を政府システム経由で入手し次の処理(支払、買掛計上、等々)へと進むことが可能となる。 これらのプロセス中で政府承認なき取引は違法となり罰則(罰金や禁固刑)がある。 システム自体は政府が開発して無料で提供されるのだが、請求書を一件毎に手入力したり、EXCELで一括アップロードする機能を含むポータルサイトで事足りるのはウチのような極小企業だけだ。 ポータルサイト以外では、政府のシステムに接続するためのAPI(Application Programming Interface)が提供されるようだが、実は未だ仕様が公開されていない。 マレーシア政府が計画し実施のために頑張っているのでろうから半畳を入れる気はさらさらないが、仕様が明確でないシステムとはリンクが出来ない、文字通り「仕様がない」のだ。 他国でもあまり例のない今回の試みの目的は「全ての取引を監視し、ちゃんと税金を徴収するため」であることは容易に理解出来るが「ホントに実現可能か?」が、現時点で多くの人達が抱いている懸念のようだ。


実は予想される問題点も多い。 公認会計士でも監査法人のコンサルタントでもない私が、サラリと見ただけでも多くを指摘可能だ。 現時点で考えつく問題点を挙げてみよう(おそらく、今後もこのリストは増え続けるだろうが・・・)。
<< 様々な問題点 >>
[複雑な運用] 企業間の売り買いだけならともかく、従業員の精算、小売の圧縮請求、電子取引の処理、等々様々なパターンがあり、消費者ですら都度判断を迫られるような複雑さで混乱必至。
[手間の増加] 一斉に運用をスタートするワケではないので、過渡期には業務の二重化が発生し、且つ、上記の判断作業や入力作業の追加などが予想される。
[業務の柔軟性を圧迫] 政府システムのデータ受付期限の制約で、現行のフレキシブルな業務がタイトになると同時に、漏れた請求データ等の影響で企業経営にも悪影響が予想される。
[政府システム負荷] マレーシア国内の全ての会社が一斉にデータをアップロードするような規模のシステムであるため、政府側システムに高負荷に対処する処理能力が備わっているか心配である。
[自社既存システム改修] 既存の請求関連システム(パッケージ or 自社オリジナル)を政府システムとリンクする仕組みを設計、実装、確認(テスト)する技術者の確保が困難になると予想される。
[短期間での適用] 最短で来年8月、一番遅くても2025年7月と、政府システムとリンクする仕組みを構築する時間的余裕があまりないため、本稼働後の混乱が予想される。


では、適用を義務付けられている企業側の意識や対応状況はどうであろうか。 他社の現状や制度設計自体の進捗を知りたくて、何度かコンサルティングファーム等が主催するセミナーに受講者として参加してみた。 セミナーに参加してくる経営者や、会社から参加させられている担当者たちは、ある意味「既に対応を模索している」と言って良いと思う。 ちゃんと危機意識があり、けっしてボヤボヤしている人達ではない。 ただ、そういう人達ですら、セミナーでの質問内容や、直接会話から判断すると、以下のような状態の方々が多いという印象だ。
【企業側の現状認識】
・未だかなり先の話だが、とりあえず概要を知りたくてセミナーに参加した。
・何を、どう着手すれば良いのか、未だ分かっていないので知りたい。
・多分、今契約しているコンサルタントがなんとかしてくれる筈だ。
・大きな変更が出揃った時点で対応を考える予定。
・システムに関してはパッケージベンダーが対応してくれる筈。
・ウチの会社のITからは、既存システムの改修仕様を出せと言われている。
・おそらく制度自体が延期になるので、拙速な対応は控えている。
・政権が変わったら中止になるのではないか。


弊社の本業であるシステム屋の観点での懸念点も色々あるが、政府からのAPI詳細が公表される前ではあるが、簡単に思いつくのは以下の通りだ。
<< IT関連の懸念 >>
・ユーザ側のパッケージシステムは対応版がタイミング良くリリースされるか?
・独自開発の既存システムは独自で対応(改修)可能か?
・各種対応済みシステムのテスト環境および期間が充分確保可能か?
・政府側システム障害時の自衛手段が考慮されているか?
・頻発が予想される政府側システムの変更対応体制は万全か?
・諸々の作業に対応する社員やベンダーは確保済みか?


あるセミナーに参加した際に講師の方と雑談する機会があり、「私は、業務アプリケーションソフトウェアを開発する会社を経営しています」と、名刺を差し出したら、 「今回の新制度導入は、当然、我々コンサル業界も忙しくなるが、実作業はITが中心、一番儲かるのはIT業界ですよね!」と、返された。 確かに政府のシステムが中心となり、そこに各納税者がデータを集中させる仕組みは、IT業界抜きには実現し得ない。 もちろん、新制度に対応するように、制度自体を調査したり、企業内ルールを決めたり、導入計画を立てたり、導入後のモニタリングや監査対応等コンサルタントの仕事は膨大だ。 そのコンサルの彼らが「実作業はITが中心」と言うからには、IT業界への負荷と期待は相当な筈だ。 今回の大きなプロジェクトは、コンサル系とIT系のタッグで取り組まないと実現し得ないことは明白なのだが、どちらも第一ステップが「実態調査」ということで時間に余裕があればあるほど好ましい。 色々ある問題、懸案、リスク等を解消する過程全てにおいて「時間」というファクターが重要なのは論を俟たない。 ある意味、企業にとって「待ちの姿勢」は"慎重"ではなく"ギャンブル"だということだ。


さあ、ほぼ「ステマ」のようなコラムがあまり長くなると、かえってステマとして機能しなくなるので結論を急ごう。 在マレーシア日系企業の皆様、もし、未だ「e-Invoice」への対応が明確でない場合は、時間切れになる前に早く以下の手配をしましょう。 「待ち姿勢はギャンブル」とにかく、対応プロジェクトをスタートさせ、実装は後でも良いので計画を作ることです。
<< はやく体制構築する >>
1. 自社スタッフの中から「e-Invoice」担当者(窓口)を割り当てる。
2. 自社スタッフの中から業務システムの構造を理解している担当者をシステム担当者として割り当てる。
3. 上記2.の人材が存在しない場合は外部ベンダーのSEをシステムコンサルタントとして加入させる。
4. 契約のある税務や会計コンサルタントと相談し、各担当者と導入ロードマップ作成する。


以上

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
【余談】 ちなみに前述の彼女だが、「お題」を運んできてくれた御礼というワケではないが、新人営業担当者のKPIである潜在顧客訪問回数を増やすために、私のさほど多くはない人脈から、経営層の人達を都度紹介している。もし、それらの経営者達から大きな注文が取れたなら、「お題」を運んだ価値があったということだ。


(№114. e-Invoice 狂想曲 おわり)


前のページ/目次へ戻る