日本でも“安全はタダ”といった時代ではないことはセキュリティ会社の堅調な業績を見れば常識化して来ていると言えるだろう。仕事上付き合いるある会社で聞いた話によるとエレベータの監視カメラ設置台数が増えているそうだ。東京の街を歩けば護身用グッズを販売する店も目立つようになったし、商店やオフィスビルにはS○COMや○△警備保障といったシールが当たり前のように貼ってある。治安の悪化を嘆く意見もわかるが、ある意味ではこれが「自分の身は自分で守る」という本来の姿なのではないかと思ったりもする。外国でNHKを観ていると一日に何度か“海外安全情報”という番組を何となく観てしまう。日本でも放送している筈だが日本に居るときは放送時間帯のせいか殆ど気付かなかった。これは外務省からの情報で危険地域に渡航する人や在住者に注意を喚起する為のものだが、どの情報も毎日普通にニュース番組を観ていれば知っているような情報ばかりで、海外旅行予定者にとっては渡航先のガイドブックでも買えば載っている“注意事項”の焼き直し版が多いので大して役に立たない。いっそのこと“国内安全情報”と番組の趣旨を変更して、『歌舞伎町コマ劇場前は危険度4です。』、『日曜の代々木公園は不法入国外国人が多い為、入園延期勧告が出ています。』なんて放送したほうが有益なのではないかと思うときがある。最近傑作だったのは『マレーシアでは最近トランプ詐欺が多く危険ですので注意してください。』といった趣旨の放送があった。 トランプ詐欺とはこうだ。空港や繁華街で『私の妹が日本で働いている、日本の事をもっと知りたい。』などと言って日本人観光客と仲良くなり、観光案内をしたりして打ち解けてきたら、『私の家で食事をご馳走しよう。』などと誘い複雑な道のりでアジトに連れて行き『トランプでもしよう!』と小額の賭博をやりはじめ勝たせまくるのだ。『君はついているね。実はこれから友人の金持ちとトランプをやってガッポリ儲けようと思っているんだ、一緒にやらないか?』などと誘い調子に乗った観光客は結局所持金を巻き上げられるといった仕組みだ。もちろん関係者は全員グルで且つ警察に駆け込んでも賭博は罪なので泣き寝入りするしかないのだ。しかし、 イマドキこんな詐欺に引っ掛かるのは日本人でも相当お人好し(アホ)の金満観光旅行者くらいしか居ないのではないかと思う。他人を騙そうといった輩はどこにでも居る。もちろん騙す方が悪いのは当たり前としても、右も左も分からない初めての外国で冒険気分で面白半分にひょこひょこ見知らぬ人について行き大儲けしようなんて考える奴にも責任はある。公共の電波を使って紛争地域や衛生状態の危険度を伝えるのは非常に有効な使い方だと納得出来るが、こんな情報(トランプ詐欺)を世界に向けて発信することは『日本人はこの程度の詐欺で騙されたうえに大金まで簡単に払いますよ~!』と恥を公開したばかりでなく騙す側にもターゲットを絞らせてしまうので是非止めた方が良いと思う。まして、その程度のことでマレーシアへの観光旅行を躊躇する人が出て来たら観光業に力を入れているマレーシアとしても痛手なのではないだろうか。私が思うにマレーシア人が日本に観光に行ったら東京のタクシー料金やホテル代のほうがよっぽど詐欺のように感じるのではないか!?。
実を言うとKLではトランプ詐欺などより頻発する交通事故やバイクによる引ったくりのほうがよっぽど身近な危険だ。ここマレーシアの人達の運転はハッキリ言ってかなり乱暴だ。一般道でも時速100Kmなんてあたりまえで、おまけに車間はあまりとらない。前の車が遅いと思えば車間を詰めたりパッシングして煽ってくるし、他の車線が空いたと思えばウインカーなしで即車線変更だ。これまたマナーの悪い歩行者が道路を横切って渡っていても一向にスピードを緩めようとしないので慣れない場所での横断は要注意だ。普段日本人の目からみるとマレーシア人は“ダラダラ歩き、のんびり食事し、トロトロ仕事する人達”に映るのだが運転席に座ると豹変するようだ。私は以前、運転中に後ろから軽く追突されたことがあるが、その時は幸い相手が社会的地位の高いインド系の人だったので全て修理代は弁償してくれて事なきを得た。しかし、その他の経験は頭に来ることばかりだ。チャイナタウンでは合流点で強引に割り込んでくる中国系のアンちゃんを無視して徐行で前進させていたらミラーを曲げられてしまったし、スバンというKL郊外の地域では深夜後ろから猛スピードで無理に追い越してくる中型トラックに左サイドミラーをもぎ取られてしまった(この時はミラーなしで帰るのに苦労した)。また、ジャラン・スルタン・イスマイルという大通りのディスコ密集地ではドアを擦って逃げられたし、繁華街のブキッ・ビンタン近くの交差点では信号待ちしている時に50才前後の中国系おやじにの車に接触されたので追いかけて並んで走り抗議したがシカトされてしまった(この後フラッシュ付きのカメラを車中に装備することにした)。乱暴な運転はもちろん事故の原因だが、車検が無いことによる整備不良車が多いのもこの国の道路事情を悪くしている原因だ。片道約一時間弱の通勤途中、毎日事故車やエンストの車を目撃するが酷いのになると路線バスが故障して乗客が外で途方にくれているなんてことも珍しい光景ではない。国産車のプロトンをはじめベンツ、BMW、ホンダ、トヨタ、プジョー、韓国のヒュンダイやキアなど各国の高級車が走る中、事故車を牽引するAAM(日本のJAFに相当)の黄色い車両はKLの風物詩のようだ。
一方“ひったくり”だが、これはバイク(カブ)の二人乗りで襲ってくるパターンが一般的だ。狙いは小金を持っていそうな日本人や欧米人女性のハンドバッグやショルダーバッグだ。人通りの少ない道で無防備なターゲットをみつけ出すとゆっくりと後ろから近づき後ろに乗ったほうの者がひったくり猛スピードで逃げ去るのである。もし、ターゲットがショルダーバッグをタスキがけにしていると強引に引っ張られた勢いで転倒し大怪我をする可能性もあるので要注意だ。実はこれも私の妻が一度被害に遭っている。場所は自宅のコンドミニアムから程近いスーパーマーケット附近の細い道。折しも私は日本出張中。買い物を終えて路上駐車しておいた車に乗ろうとした瞬間に背後からやられたらしい。幸いひったくり自体は失敗して何も盗られなかったのだが、突然のことで恐怖より逆に肝がすわってしまった妻は『あんたら何すんのよ~○×◇(怒)...!』と何語かで凄んでしまったらしい。犯人二人は脱兎のごとく逃走するワケでもなくニヤニヤしてから引き上げていったようだ。後から考えたら、もし犯人達が引き返して来たらちょっとゾッとする。おそらくこの手の犯行は“遊ぶカネほしさ”程度の軽い気持ちで危害を加えるようなつもりは無いのだろうが、何がどう間違うかわからないので気を付けないといけない。実際に妻が遭遇してみて考えると、3年もここに暮らした“慣れ”から来る“スキ”があったのかもしれないと反省しきりだ。
話はがらっと変わるが、2002年6月22日マレーシア与党の統一マレー国民組織(UMNO)の演説で突如マハティール氏が総裁や首相の職を辞すると表明した。マレーシアの話題が短時間の内にインパクトをもって世界中を駆け巡ることは滅多に無いのだが、このニュースはNHKもCNNも翌日大きく取り扱っていた。実は私はこの手の話題を詳しく書く程の見識も特別な情報も持たないので書き出すと全て報道の受け売りになってしまうので詳しいことは書かない。ただマレーシアに暮らす外国人経営者の一人として今後この国の治安や経済政策(特に外国資本の扱いや外国人労働者に関して)がどうなってしまうかという事は大いに気になるところだ。突然の発表に会場は騒然となったがその後の副首相をはじめ多くの閣僚や党員達の粘り強い撤回要請で最終的には来年(2003年)の10月イスラム諸国会議機構(OIC)首脳会議が終ってから正式に引退することに落ち着いたようだ。一部では“茶番”だという報道もあったが私個人としては茶番だろうが延命戦略だろうがマハティール首相が暫くは現役で居てくれて段階的に権力を次の世代に移行する段取りに落ち着いたことに正直ホッとしている。おそらく一般的マレーシア人の多くが私と同じ気持ちでいるのではないかと思う。なぜなら20余年も続いた長期政権が何の前触れもなく突然終るということは、その後に襲って来る政治的混乱は避けられないと誰もが思っているからだ。マレーシアは一見治安も政情もずっと昔から安定しているように感じられるが1969年5月にはマレー系と中国系の衝突で死者169名、負傷者439名という惨事になってしまった暗い歴史がある。その時、中国系に顔が似ている日本人駐在員達は巻き添えにならぬよう日の丸を車に掲げて外出したらしい。近いところではアンワル元副首相の失脚に伴う禍根も消えていない筈だし、2001年にはカンポン・メダンというKLの近郊でマレー系とインド系の民族対立抗争に発展しかねない事件(死者も出た)もあった。多民族国家というのは上手く行けば相乗効果もあり非常にエキサイティングなのだが、一歩間違えれば果てしない泥沼が待っているものだ。統率力のある政治家だったチトー大統領の死後、民族意識の高まりと経済的要因もありユーゴスラビアが民族間衝突に突入していった例を挙げるまでもなく根強い民族間の対立は世界中にゴロゴロ転がっている。今の日本のように総理大臣が突然亡くなろうが有力政治家が汚職で逮捕されようが人々の生活自体はさほど変化することがないほど安定した国に長らく暮らしていると、『指導者一人辞めた程度でびくびくすることないじゃん!』と聞き流してしまうようなニュースでも外国暮らしでは充分気をつけておかないと取り返しがつかない事態になることもあるのだ。平和の祭典冬季オリンピックを開催した頃サラエボが後に民族間の争いで血に染まるなんて誰が想像しただろうか。マレーシアが即刻そうなるとは言わないが、最大野党のイスラム至上主義を掲げる人達が世俗的且つ拝金主義の中国系やカシミール地方でイスラムと対立するインド系などと争いが起きるなんてことだって『100%無い!』とは言い切れない。最近穏健派といわれた総裁が亡くなって急進派が実権を握りつつあるようなので緊張感は増していると言ってよいと思う。まあ、全てにおいて必要以上に不安がることはないが『イザとなったら日本大使館が助けてくれるさ!』とか『日本国政府が動いてくれるから安全だよ!』などとは思わず警戒しておくことに越したことは無い。
要は『危険(危機)は常に身近に存在している。』ことを自覚することが身を守る第一歩だと私は思う。
しかし、この言葉。ビジネスにも通用しますな~。(耳が痛いわ)
(№29. 海外不安全情報 おわり)